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飫肥杉が太く育つ理由 九州の“クローン林業”という知恵

飫肥杉が太く育つ理由 九州の“クローン林業”という知恵

TRAVEL 2026.04 宮崎特集

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飫肥杉(おびすぎ)の特徴は、成長の早さと油分の多さにある。その品質を支えてきたのが、九州独自の「挿し木」の技術だ。優れた木の枝を切り取り増やすことで、同じ性質を持つ木を育てる。人が木の個性を読み取り、土地に合った森をつくる──飫肥杉の山は、自然の森というより人の知恵が育てた文化の森でもある。

海と山が育てた飫肥杉とその現在地

宮崎県南部・日南市の山々を見上げると、どこまでも続く杉林が広がる。地元の人々にとって飫肥杉は「山を見れば全部それ」というほど生活に溶け込んだ存在だ。その歴史は江戸時代、飫肥藩が植林を奨励したことに始まる。杉はヒノキより成長が早く、谷あいの湿気を含む土地でよく育つ。藩は収穫後の分配制度を整え、植えた木が将来の生活を支える仕組みをつくった。

飫肥杉は油分が多く水を弾くため、船材として重宝され、藩は木材を港へ運ぶために人工の運河まで掘った。山に植えられた一本一本が、海へとつながる経済の循環を支えていたのである。

飫肥杉の特徴を語るうえで欠かせないのが、九州独自の“挿し木(クローン)文化”だ。優良な木の枝を切って増やすことで、性質を安定させる技術が早くから確立していた。これは林野庁や宮崎県林業試験場の資料にも記録されている事実で、飫肥杉が「太りやすく油分が多い」という特徴を安定して受け継ぐための重要な方法だった。

現代では、日南市の山中に設けられた円形試験林(通称ミステリーサークル)で植栽密度の研究が進み、1600〜2000本が最適という結果が得られている。飫肥杉は自然に任せて育つ木ではなく、人が木の性質を読み取り、土地と向き合いながら育ててきた“文化としての森”なのだ。

飫肥杉は、地元の暮らしの中にも深く根づいている。昔ながらの木造家屋には飫肥杉が使われ、家の匂いそのものが杉の香りだったという家庭も多い。山が生活の背景にある地域では、木は“素材”である前に“空気”のような存在だった。一方で、現代の飫肥杉は新しい形で生活に入り込んでいる。

店舗では、コースターや箸が観光客に人気で、レーザー加工によるオリジナル商品も増えている。小物を制作する姿は、飫肥杉の“地域の手仕事”を象徴している。飫肥杉の大規模産業とは別に、地域の小さな工房が独自の工夫で木の魅力を伝えているのだ。

一方、飫肥杉産業全体は、はるかに大きなスケールで動いている。宮崎県は杉の生産量で全国一位を誇り(林野庁統計)、中国・韓国への輸出も進む。県のブランド「OBIRED」や、集成材・CLTとしての木造ビル活用など、飫肥杉は“地域の木”から“国際的に流通する木材”へと役割を広げつつある。かつて船をつくり、家をつくり、生活を支えた飫肥杉は、いま建築やデザインの分野で新しい可能性を開いている。

ただし、産業の拡大には課題もある。柔らかく加工しやすい反面、変形しやすく品質が安定しにくいという特性は、建材としての扱いに工夫を求める。また、輸出に依存しすぎれば国際価格の変動に左右されるリスクもある。さらに、地域の木工店のような小規模事業者は、技術継承や人材確保という別の課題を抱えている。

飫肥杉は、歴史と文化と技術が折り重なった木だ。山に植えられ、海を支え、家をつくり、いまは世界へ向かう。その根底には、地域の人々が木とともに生きてきた時間がある。飫肥杉の未来は、過去の延長ではなく、木と人が新しい関係を結び直す場所として、静かに広がっている。

写真 清水健
取材・文 山下マヌー

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