行基が導いた“守護神”の山へ　栃木・足利、日本三大毘沙門天の物語

室町幕府を開いた足利氏の発祥地として、いまも歴史の層が色濃く残るまち・足利。
山上にそびえる大岩山では、日本三大毘沙門天の一つが263年ぶりに出開帳（でかいちょう）された。

豆まきの起源とされる“毘沙門天の夢のお告げ”や、2021年の山林火災であらためて現れた結界伝説、さらには多くの文人墨客が逗留（とうりゅう）した旅荘ー。

祈りと文化が重なり紡がれた歴史の道をたどれば、いまだけ開かれた特別な扉の前に立つ旅へと、自然と心が誘われる。

行基の足跡をたどる足利の静謐なる山寺へ

足利には、奈良時代、仏教の民間布教に尽力した高僧・行基（ぎょうき）ゆかりの古寺が三つ残る。なかでも最も歴史が古い「行道山浄因寺」は、山に抱かれるように静かに佇む姿が印象的だ。

365段の石段を登るほどに森の気配は深まり、参道沿いには3万3千体もの石仏が静かに並ぶ。足元に群生するシャガは人の手で植えられたものだと、同じく行基が開創した最勝寺（さいしょうじ）の副住職・沼尻了俊（りょうしゅん）さんが教えてくれた。「昔、この道を多くの人が往来した証です」ーー。

境内へと進むと、巨岩の上に建つ「清心亭」が姿を見せる。江戸の浮世絵師・葛飾北斎も描いたと伝わる茶室からは、幾重にも重なる山の緑の向こうに、筑波山の稜線が淡く浮かぶ。一幅の絵のように溶け合うその眺めが、旅人の心をそっとほどいていく。足利にはそんな絶景がある。

標高440mの行道山の中腹に創建された行道山浄因寺は、関東の高野山とも称される景勝地。巨石から巨石へと架かる清心亭への「天高橋」は、葛飾北斎が『足利行道山くものかけはし』として描いたことでも知られる。行基の分骨を納めた「寝釈迦仏」も名高い。一方、「大岩山多聞院最勝寺」は、関東屈指の霊山・大岩山に建つ名刹。745年、行基が聖徳太子作と伝わる高さ約5.4センチの純金の毘沙門天を安置するために創建したとされる。行基が自らを彫ったと伝わる行基像も収められている。

奈良の大仏建立に奔走した行基が、夢のお告げに導かれて大岩山に毘沙門天を祀ったーーそれが西暦745年。都から見れば果ての地だった関東の北端に、人々を救う“守護神”が置かれた。鎧をまとい鬼を踏みつける勇ましい姿は災いを払い、福を招く存在として人々に広く信仰され、日本三大毘沙門天の一つとして知られるようになる。

毘沙門天は夜叉（鬼）の大将とも呼ばれ、数千万の夜叉を率いる守護の将であり、災害や疫病が人々を脅かすと、目には見えぬ配下を遣わして救うとされる。その力は日本文化にも深く根づき、実は節分の豆まきも毘沙門天の夢告が起源と伝わる。鬼の“魔の目”を“豆（まめ）”で射て魔を滅する││言霊を重んじる日本人の感性から生まれた風習だ。炒り豆を使うのは、落ちた豆から“魔の芽”が再び芽吹かないようにするためである。

大岩山最勝寺では節分の法要が一年で最大の行事。ここでは「福は内」のみを唱え、鬼を追い出さない。各地で行き場を失った鬼を迎え入れ、毘沙門天の前で改心させ、福を運ぶ“福鬼”として送り出すためだ。毘沙門天は七福神随一の福徳を持つともされ、恵みを託された福鬼は、人々のもとへ福を届けに向かう。

約5年前に発生した山火事では、秘仏の毘沙門天像が避難のためその姿を現した。修復を経て再び山上に戻った毘沙門天は、荒ぶる力を鎮め、福をもたらす存在として、いまも足利の人々を静かに見守り続けている。

山火事の際、毘沙門天像は町の人々の協力で避難。火は食い止められたものの、江戸時代に彫られた像の傷みは激しく、京都の国宝修理所で3年かけて修復された。その過程で、仏像には珍しい杉材が使われ、“うづくり”や“焦がし”の技法により顔の表情や衣服の質感まで木目で巧みに表現されていることが判明。修復には寺の御神木の杉が用いられ、毘沙門天、妃の吉祥天の善膩師童子の3体がいきいきと甦った。

足利への翼
足利へはANA便で羽田空港へ。
羽田空港から首都高、東北自動車道を経由して北関東自動車道で「足利IC」へ。

写真　宮澤正明　
取材・文・編集　服部広子

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