白神山地の森と水がつなぐ秋田の絶景 ブナの森でめぐる静けさと命の循環
秋田県の北西部に位置する八峰町(はっぽうちょう)、藤里町(ふじさとまち)、三種町(みたねちょう)、能代市(のしろし)からなる、あきた白神エリア。ここは、世界最大級のブナの森を有する白神山地の南麓に位置する地域だ。白神山地のブナに育まれた清らかな水は、約8000年前から、この地に暮らすあらゆる命に豊かな恵みを与えてきた。同時にここは、厳しい自然と共に生きてきた人々の歴史を刻んだ場所でもある。圧倒的な自然と対峙し、見守られながら、長きにわたり続いてきた水と森、恵みの幸の物語をひもといていく。
水巡る、ブナの森に守られてあきた白神

藤里町にある素波里湖(すばりこ)は、粕毛川(かすげがわ)の中流部にある人工湖で、白神山地の世界自然遺産登録地域の核心地域にあたる森からの湧き水が源泉。湖の水はパイプラインや水路を通り八峰町や三種町、能代市などへも供給。晴れた日には湖畔越しに藤里駒ヶ岳を一望できるが、保水力の高いブナの木々から放出された水蒸気による雲や霧が多いのもこの地域の特徴だ。
※白神山地の世界自然遺産登録地域は「核心地域」と「緩衝地域」に区分され、核心地域への入山は自然保護の観点から厳しく制限されている。
森と水の永遠を願って

秋田県と青森県にまたがる約13万ヘクタールに及ぶ白神山地には、ブナを主とした落葉広葉樹林が広がる。その中核部の約1万7000ヘクタールの森は、世界自然遺産に登録されている。氷河期が終わった約8000年前に誕生したブナの森は、もともとは日本全国に広く分布していた。しかしあらゆる森に開拓の手が入り、木々の伐採が進む。一方で白神山地の中核部に広がる森は、起伏が激しい地形ゆえに人の侵入を拒んできた。人為の影響を受けぬまま数千年もの時が流れたブナの森は、その希少性の高さから1993年、世界自然遺産に登録されたのだった。
白神山地に残る貴重な森は、動植物にさまざまな恩恵をもたらしてきた。ブナの森の特徴の一つが「緑のダム」とも称される他に類を見ない高い保水力だ。ブナの葉はその形状から雨粒を受け止め、枝から幹を伝って根に集まり、地中深くに水を蓄える。また、うっそうと茂るブナの落ち葉は分厚い層となり、保水力と栄養価の高い腐葉土を育む。白神山地の水は日本でも有数の軟水として名高いが、その理由もこの腐葉土だ。層の厚い腐葉土が水の不純物を取り除くフィルターとなるのだ。時間をかけてろ過された水は、栄養豊富で清らかな湧き水となって地上に現れる。やがて川となり日本海に注ぐと、蒸発した海水は雲となり、森に雨をもたらすのだ。
数千年もの間、変わらず繰り返されてきたこの水の循環は、多くの恵みをもたらしてきた。と同時に、水の枯渇や度重なる土砂災害の歴史もこの森には刻まれている。しかし、自然の厳しさを知っているからこそ、この地の人々は畏怖(いふ)の念を忘れない。自然のあるがままを受け入れ、共に生きてきた人々は、この森がこの先の未来にも続くことを切に願っているのだ。

八峰町にある留山(とめやま)は樹齢約350年のブナの巨木が残る里山。江戸時代、木を伐採したことで近隣の水脈が枯渇。「森と水は繋がっている」と感じた人々が水源を守るため伐採をやめ、木を山に「留(とど)めた」出来事が名の由来だ。1~2時間で周遊できる遊歩道が整備されているが、設置の際にも森の木は一本も切られなかったそう。

※留山散策にはガイドの同伴が必須。
藤里町の森で問う「自然と人間は、どう共存していくべきか」

素波里湖畔一面に自生するわらび。豊かな土と水がある証拠だが、湖は水の枯渇にあえいだ過去も。1982年着工の白神山地を横断する林道開発の際、木々の伐採が進んだことで水量が激減。地元住民から建設反対の運動が起こった。「水がなければ木は育たない。同様に木がなければ水も集まりません。自然からの学びを忘れず、感謝をし続けること。そのためにまず、自然をその身で感じてほしい」と斎藤さん、「藤里町は秋田県で唯一、白神山地の世界遺産地域を有する町です。素波里湖から車で1時間半ほど行くと、世界遺産地帯の緩衝地域にある小岳(こだけ)への登山口もあります」と高瀬さん。白神山地を訪れる際にはガイドの同行がおすすめ。




白神山地 森のえき
秋田県山本郡藤里町藤琴里栗38-2
八峰町の誓い「森を、水を、海を守る」

八峰町にあるチゴキ埼灯台からの夕景。近辺の海岸沿いには、海底が隆起して現れた階段状の地形「海成段丘(かいせいだんきゅう)」が見られる。白神山地は海底の隆起によってできた土地で、海底火山の火山岩などの堆積で形成。ゆえにもろく、起伏も激しいため、土砂崩れや地滑りが多い。「でも地滑りのおかげでブナの生育によい平らな土地が山中にできたり、土がかく拌されることで土壌が豊かになったりと、自然界にとっては悪いことばかりではないんです」と鈴木さん。


大切に守られてきた留山のブナの木。「毎年10月にはブナの植樹イベントを開催。地元の小学生親子にこの地の自然環境を知ってもらう催しも行われます。豊かな自然を100年先にも残していきたいんです」と山崎さん。

ガイドの鈴木和人さん(左)、山崎典康さん(右)
八峰白神ジオパーク
秋田県山本郡八峰町八森字中浜196-1
清らかな水が育むじゅんさいの恵みを、手摘みで収穫

水草の一種であるじゅんさいは、プルプルと揺れるゼリー状の膜に包まれた不思議な食べ物。味わいはたんぱくだが、つるりと喉ごしがよいので、食欲の落ちる夏に重宝される。古くは「ぬなわ」と呼ばれ、夏の季語として万葉集にも詠まれてきた歴史を持つ植物でもある。
かつては日本中の淡水沼や池に自生していたが、生育環境である水辺の消滅や水質環境の悪化により減少。そんな中、じゅんさいの生産地として名高い三種町では、水田だった農地を転作したものも含め今も200近くの沼で栽培が続けられている。この規模は、おそらく日本最大級。5月から8月にかけての収穫時期には、沼に小舟を浮かべた摘み手たちが、一つ一つ手摘みをする光景が広がる。小舟の前方に乗り込んだ摘み手は、もう片方の手に持った木の棒で器用に舵を取りながら、水中に生えるじゅんさいの新芽を摘み取っていく。小さな舟は少しの風にも流されやすい。さらに、沼をのぞき込む姿勢が続くので、これが見た目以上に重労働なのだ。
成分の9割以上が水分で、生育には清らかな水が不可欠なじゅんさい。三種町の沼の水源はさまざまで、近くの湧水や川の水を引いているところもあれば、藤里町の素波里湖から全長約30キロものパイプラインを通ってくる白神山地の水源を使用する沼もある。今や貴重なじゅんさいは、この地の豊かな水の恵み、そのものなのだ。



沼にはトンボやメダカ、カエルやタニシなどさまざまな生物の姿が。「じゅんさいは豊かな土壌と清らかな水がないと育ちません。環境のよさにあらゆる生き物たちが集まってくるんです」と、じゅんさい農家の志戸田園オーナー・志戸田義友さん。毎年5~8月にかけてじゅんさいの摘み取り体験も開催し、観光客から近隣住民まで人気に。三種町では、この他にも6軒の農家が摘み取り体験を行っている。


里山・志戸田園
秋田県山本郡三種町豊岡金田字豊岡84-1
※じゅんさい摘み取り体験は5月から8月中旬頃まで。
写真 秋倉康介
取材・文・編集 小嶋美樹
協力 三浦基英
<あきた白神への翼>
東京(羽田)からANA便で大館能代空港へ。藤里町へは車で約30分、八峰町へは約50分、三種町へは約50分、能代市街地へは約45分。※運航情報は変更になる可能性がございます。 最新の情報はANAウェブサイトをご確認ください。
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