ジンギスカンを道の駅で堪能 遠野物語の舞台・岩手を「迷い家」と巡る
ニッポン全国津々浦々、数千もの伝承があるとされる中から都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、独自の解釈で造形しました。
妖怪に誘われるがまま旅にでかける空飛ぶ百鬼夜行に、ようこそ。
迷い家(まよいが)
遠野地方の山中に忽然と現れる無人の民家。中に入りお椀の類を持ち帰ることができる。ただし、再度訪れようとしても決して辿り着くことはできない。無欲な人物にのみ富を惜しみなく与える。
ご利益:財運隆昌
願わくはこれを語りて 平地人を戦慄せしめよ
民話好きを惹きつけてやまない、岩手県遠野市。
後に日本を代表する民俗学者となった若かりし柳田國男が、この山々に囲まれた小さな盆地に赴き多彩な伝承を聞き取り、1910年に上梓したのが『遠野物語』だ。河童(かっぱ)や座敷童(ざしきわらし)などの妖怪譚、野生動物の生態や奇談、そして他愛のないゴシップまでが自由に語られた味わい深い文化史でもある。
なかでもとりわけ興味を引かれたのは迷い家という、家の精霊とも言える物語だった。
*願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ……柳田國男が『遠野物語』のプロローグにしたためた言葉
……三浦家の婦人が(名前や住所などが具体的なのがこの書物の特徴)、人気(ひとけ)のない立派な民家に迷い込むが、家財には手をつけず帰宅する。その後、川で拾った椀で家の米を掬(すく)うと、一向に減らないばかりかどんどん裕福になっていった。ただしこの話に色めきだった者が迷い家に行こうとしても辿り着けない。と、欲深い者には富は与えないという物語になっているが、山林を渡り歩き木製の器物を作っていた木地屋と呼ばれる人々の足跡が語られているという説もあり、調べてみるとなかなかに奥深い。
遠野ふるさと村で会える、白馬の「白雪」。遠野ふるさと村に再現された昭和初期の農村集落では、馬と暮らした当時の生活が垣間見える。
今回は迷い家が主体的に移動し、意思を持つような存在として造形した。語り部が地図にも残している迷い家の伝承地、白望山(しろみやま、現在の白見山)を目指し、椀が流れてきたとされる琴畑川(ことはたがわ)で、落葉の中、撮影した。
静寂の中、水流の音と鳥の声しか聞こえない琴畑川。今にも椀が流れてきそうな、まるで民話の絵本の挿絵のよう。
遠野ふるさと村
民話のように生き続ける どぶろくとジンギスカン
迷い家のご加護か、椀が流れてきたという琴畑川は、木々に囲まれた幻想的で美しい川だった。
美しい水が育むものといえば、米。遠野では古くから各集落でのどぶろく造りが盛んで、どぶろく特区の全国第一号でもある。
なかでも誉れ高いのが、料理人で醸造家の佐々木要太郎氏が、米作りから醸造まで手塩にかけて製造しているどぶろくだ。米は無農薬で肥料もなし、徹底的に手をかけない。小さな虫を狙いに鳥が来るという理想的な循環を得るまで長い期間を要したが、それは江戸時代に既に完成されていた方法。室町時代の製法で完全な無添加によって出来上がるどぶろくは、このために遠野に行ってもいいと思うほど鮮烈な印象だ。
天然の乳酸菌の力でシュワッとした口当たり、強めの酸味、そしてもろみを食べているかのような濃厚な舌触り。佐々木氏が米から造るどぶろくは「民宿とおの」のサイト、または現地の個人商店やファミリーマートで手に入る(写真は「とおの どぶろく 水もと 無添加」)。
そして遠野の意外な名物料理、それがジンギスカン。毛織物の製造のため羊の飼育が盛んだったこともあり、1950年代から次第に食べられるようになった。カジュアルに楽しむなら「道の駅 遠野 風の丘」で遠野名物のバケツジンギスカン。横に穴が開いており、中に固形燃料を入れて使うジンギスカン用の特別なバケツは、遠野のご家庭なら一家に一個はあるという必需品。六角牛山(ろっこうしさん)を望む見晴らしのいいウッドデッキで食べるのはまた格別。2021年にリニューアルした施設は海のものと山のもので賑わい、地元客の姿も見られる。
昔は比較的野性味の強いマトンが主流だったが、仔羊のラムにこだわり客層を拡大したのは「ラム肉専門店 遠野食肉センター」。独自の輸入ルートで高品質のラム肉だけを厳選している。
くせのないラムによく合うオリジナルのたれ。まずは部位別5種のラムの盛り合わせから好みの味を探し出し、追加するのもよし。通販サイトも展開している。(ラム肉専門店 遠野食肉センター)
遠野食肉センター 本店
〒028-0541
岩手県遠野市松崎町白岩20地割13-1
TEL 198-62-2242
遠野食肉センター https://tonosyokunikucenter.jp/
オンラインショップ https://shop.tonoramu.jp/
道の駅 遠野 風の丘
森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、小麦粘土セット『ねん Do!』のディレクションなどを担当。著書多数。
出典 『遠野物語』柳田國男(千歳出版)/『「遠野物語」を歩く 民話の舞台と背景』菊池照雄(講談社)/『「遠野物語」を読み解く』石井正己(平凡社)/【完全版】本当にはじめての『遠野物語』(講師:富川岳)
取材・文・造形 森井ユカ
撮影 五味茂雄
編集 中野桜子