会津で辛子味噌と食す絶品馬刺し “天狗が率いる”半夏祭り
数千もの伝承の中から、都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、造形作家森井ユカの独自の解釈で創造しました。
妖怪に誘われるがまま旅すると、美味しいもの、きれいな景色に必ず出会える!? ようこそ、空飛ぶ百鬼夜行へ。
天狗
日本全国に存在する山の神。会津の天狗は、家を踏み抜くほどの大足の持ち主。山奥で大木が倒れる音がしたり、大きな石が転がったりするのは天狗たちの縄張り争いによって起こることかもしれない。
ご利益:福善禍淫
天狗の姿を追いかけて茅葺き屋根の屋敷群へ
全国に言い伝えがあり、目立つ存在である天狗は、おそらく誰にとっても身近な妖怪だろう。
天狗の発祥には諸説あるが、江戸時代の儒者・皆川淇園(みながわきえん)によると、志半ばで亡くなった修行僧の思いの強い魂が天狗となり、善人に福を招き悪人に災いをもたらす存在になったとのこと。会津地方には、山奥に轟(とどろ)く大木の倒れるような音は天狗の所業であるとか、また天狗を罵(ののし)る噂話をすると大きな足で屋根を踏み抜かれるなど数々の伝承が残っている。
あるとき江戸時代の宿場町の面影を今に残す大内宿(おおうちじゅく)に、天狗の面を被った人物が先頭を歩く「半夏(はんげ)祭り」があることを知り、筆者の解釈で造形した足の大きな天狗と共に現地に向かうことにした。
国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された、大きな茅葺(かやぶ)き屋根の屋敷群。半夏祭りの行列はそのそばにある高倉神社から出発し、路上の悪魔を払いながら目抜き通りを厳かに進む。江戸時代の後期から続く由緒ある祭りだ。
この時期には、四十数軒残る屋敷に孫・ひ孫の世代が都会から大勢戻ってくる。ここで聞いたのは、二人連れ立って歩くのは天狗ではなく猿田彦であるとのこと。天照大御神(あまてらすおおみかみ)に遣わされ邇邇芸命(ににぎのみこと)を道案内したといわれる導きの神だ。顔は赤く鼻は大きく、全国の天狗伝説の原点ともいわれている。そんな古代の神話が今に伝わる会津地方を、天狗に誘われるがまま散歩してみよう。
大内宿
福島県南会津郡下郷町大内
本家玉屋
福島県南会津郡下郷町大内山本3
会津流のおもてなし胃袋を掴む料理旅館
左から「しいたけ肉詰め」、半熟玉子の「ばくだん」、そして串カツ類。(元祖会津ソース串カツ串鶴)
天狗(猿田彦)が歩く半夏祭りが終わり、会津若松に向かう道すがら寄ったのは、新撰組ゆかりの地・飯盛山のふもとでいい香りを漂わせていた「元祖会津ソース串カツ串鶴」。会津地鶏のササミ串やムネ串、会津産豚ヒレ串などご当地の食材に、名物の会津ソースを二度づけする。さぞ濃厚かと思いきや、意外にもあっさりなのは前日からソースの中に柑橘系の果物を漬け込んでいるからとのこと。次々と手が伸びてしまう。
串鶴
福島県会津若松市一箕町大字八幡弁天下16
そしてたどり着いたのが「料理旅館田事(たごと)」。会津料理が所狭しと並ぶ夕食と朝食に、めくるめく至福のひと時を過ごすことができる。もちろん料理に合わせるのは会津の地酒。
先代の味を守る料理長の湯田ますみさんは、誰もが慕う太陽のような存在。地元の常連さんもかなり多いと聞いて納得する。印象的だったのが、地元の馬肉に辛子(からし)味噌をつけて味わうこと。柔らかく深い味わいは、地酒が合うことこの上ない。そしてたらふくいただいた後にそのまま部屋で横になれるとはなんという贅沢……。
めっぱ飯は右から時計回りにシラス、カニ、わらび、鮭といくら。右下はこづゆ。(田事)
翌朝の「めっぱ飯」に臨む。めっぱは「曲げわっぱ」のわっぱの方言で、シラスやぜんまいなど数種類から選ぶことができ、会津の宴席では欠かせない郷土料理の煮物「こづゆ」も添えられる。最後の最後まで会津の味を堪能した。
料理旅館田事
福島県会津若松市城北町5-15
帰りがけに立ち寄ったのはその名も「天狗山」。まっすぐな杉の木が高くそびえる静まり返った山道を歩くと、鳥や小動物の気配がすぐそばに感じられた。もちろん、天狗も。
取材・文・造形 森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー「ネコカップ」「ネゴ」のデザイン、ポケモンカードゲームのイラストレーション、粘土あそびセット『ねんDo!』のディレクションなどを担当。著書多数。
参考
『大内宿半夏祭調査報告書』昭和六十三年三月(下郷町教育委員会)/『暦春ブックレット6奥会津大内宿』大塚実(歴史春秋出版)/『日本神祇由来辞典』(柏書房)/『夜窓鬼談』石川鴻斎(春風社)
撮影 五味茂雄
編集 中野桜子