義理堅い天気の妖怪「波小僧」と巡る、絶品うなぎと浜名湖で100年続く「たきや漁」『静岡／波小僧』

ニッポン全国津々浦々、数千もの伝承があるとされる中から都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、独自の解釈で造形しました。

妖怪に誘われるがまま旅にでかける空飛ぶ百鬼夜行に、ようこそ。

波小僧

遠州（えんしゅう）の田んぼに現れた小さな妖怪。道に迷い困っているところを善良な村人に助けられ、故郷の海に戻ることができた。礼として海鳴りの音で翌日の天候を知らせるようになり、村を豊作に導いた。

ご利益：豊年満作

遠州（えんしゅう）で語り継がれる、義理堅い天気の妖怪

解明できない自然現象からも多くの妖怪が生まれている。そこには人間の豊かな想像力が反映され、魅力は尽きない。

静岡県の海に面する幅広い遠州地方では数十キロの内陸でも海鳴りが聞こえ、その方角から翌日の天候が予想できる。このことから波小僧が生まれたようだが、当時は不思議でしかたなかっただろう。

数多くの波小僧伝説にうっすらと共通するのは、人間に助けられた礼に、海鳴りで天候を知らせるようになったという筋。今回造形した波小僧は、草むらで迷ったところを助けられた話を元にしている。姿は藁人形やかかし、カッパ、海坊主などにも見られ、非常に多彩な説がある。

伝承の始まりは定かではないが、江戸時代に起こった安政の大地震をはじめとするいくつかの自然災害が起点になっているのではと推測する。安心をもたらす妖怪も実は多いのだ。

※今回撮影した草むらは、波小僧が草をかき分けやってきた伝承地のひとつ、花川。

波小僧が誘う浜名湖で伝統的な「たきや漁」を体験

波小僧の故郷、遠州は東は御前崎（おまえざき）（）(おまえざき)市から、西は湖西市までと広大だ。中田島砂丘という砂丘もある。伝承地は西側の浜名湖寄り、東名高速を挟んだ南北に点在するが、ここまで海鳴りが聞こえると思うと実に感慨深い。

さてその浜名湖に豪快なアクティビティを見つけた。鉄製の大きなモリで魚やカニを突く「たきや漁」。

夜、船で浅瀬を移動しながら湖底を見据え、魚やカニを見かけたらすかさずモリで突く！これらを湖畔で調理してもらい、食すところまでがセットになっている。初めはわけもわからず振り下ろしていたモリだったが、だんだんと慣れてくる。数百年の歴史がある伝統的な漁に、自分の中の野性の血が騒ぐようなひとときだった。

たきや漁で使うフォーク状のモリは船頭が独自のルートで特注するもので、船によってその形は微妙に変わる。1枚目はタイワンガザニ、2枚目はクロダイ、3枚目はサヨリ。

夜になると動きが鈍くなる魚やカニを狙う。自分で捕った獲物の味は格別だ。天ぷら、塩茹で、味噌汁、バターソテーなどにあっという間に姿を変え、胃の中に消えていく。

アルコールなどの持ち込みも自由で、浜名湖に浮かぶダイニングで食べることができる。

日が暮れる直前に船に乗り込むので、浜名湖のマジックアワーを心ゆくまで堪能できる。

浜松といえばやはりうなぎ。その真価が問われる白焼きが大評判の老舗『うなぎ料理 あつみ』。うなぎはもちろん薬味や調味料も徹底して静岡産。格式はあるが決して緊張はさせない稀有な店だ。「あつみ」のうなぎは、浮世のことは全て忘れさせてくれるような、濃厚なたれと炭の香りがたまらない。白焼きも臭みが全くなく、絶品。一切れずつ薬味を変えて楽しめる。まずはそのまま頂く。

「うなぎしゅうまい」を開発したのは『うなぎ処 新角（しんかど）』。うなぎを余すところなく使いたいという信念から生まれた。居酒屋としても居心地がよく、波小僧も海に帰りたくなくなるかもしれない。「新角」のうなぎシュウマイのセットは、蒲焼きとシュウマイがセットでまさにうなぎ尽くし。デザートなども付いてくる。独り占めしても、分け合っても。品のよい風味はあらゆる酒に合う。

浜松市西区舞阪町の波小僧像。助けられた礼に太鼓の音で荒天を告げる。

出典：『ふるさと百話遠州七不思議』渥美静一（静岡新聞社）／『遠州七ふしぎの話第1集』『続々・遠州伝説集』御手洗清（遠州伝説研究協会）／『おじいさんが語る昔ばなし　浜松の伝説下』渥美実（ひくまの出版）／『浜松ふしぎ物語』神谷昌志（郷土出版社）／『遠州浜』でんでんむしの会
静岡県ホームページ

取材・文・造形 森井ユカ
撮影 五味茂雄
編集 中野桜子