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「負け」ってじつは、飛躍の「チャンス」 国枝慎吾×井上慎一ANA社長  〈70周年記念対談〉

「負け」ってじつは、飛躍の「チャンス」 国枝慎吾×井上慎一ANA社長 〈70周年記念対談〉

ANA REPORT 対談

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国枝慎吾(車いすテニス金メダリスト)×井上慎一(ANA代表取締役社長)

「私は常々、国枝さんの言葉が本当に素晴らしいと思っておりまして。今回、この対談でも、ぜひお力をお借りしたい、そんなふうに考えております」
 真剣な眼差しの井上慎一・ANA代表取締役社長にこう切り出されると、〝車いすテニス界のレジェンド〟は、照れ臭そうに、笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。でも、荷が重い気もしますねぇ」
 この12月、創業70周年を迎えたANA。その節目を記念しての〝特別対談〟。井上社長の対談相手は、昨年の『東京2020パラリンピック競技大会』の金メダル獲得も記憶に新しい、国枝慎吾選手。

修羅場を経て人は強くなる

井上:私には、国枝さんのことで強く印象に残っていることがあって。一昨年、東京オリンピック・パラリンピックの延期が決定した後、弊社のオンライントークショーにご登場いただきましたよね?
国枝:はい、参加させていただきました。
井上:そのなかで「大会延期で、コンディション調整、大変では?」という質問に、国枝さんは「なんとかなります」と。
国枝:そうでした。
井上:あれは2020年6月。コロナ禍で先が見えない、本当に大変なときで。我が社にも、精神的に落ち込んだ社員が大勢いました。そんなときに、笑って「なんとかなる」と。
国枝:笑ってましたか(笑)。
井上:ええ、笑っておられた。その姿がすごく印象的で。私は「ああ、やはり国枝さんは、大変な苦労をされてこられたんだな」、そう思いました。以来、私は部下たちに「修羅場をくぐれ」と言ってるんです。「修羅場を経験すればするほど、人は強くなれるんだ」と。
国枝:コロナ禍が始まったころ、私自身も、先が見えない、暗いトンネルに放り込まれたような感覚になりました。でも、同時にこうも思ったんです。車いす生活になったときも、こんな感じだったな、と。
井上:ほう、なるほど。
国枝:私は9歳のときに、脊髄のがんで車いすになったんです。最初はどうやって生きていったらいいのか、まったくわからなくて。それこそ、真っ暗な闇の中に迷い込んでしまったようでした。そして、最初の1年間、夢に出てくるのは、立っている、歩いている自分なんです。でも、1年ほど経って、その間、周囲の人に支えられ、また車いすテニスとも出会って。障がいを受け入れることができるようになったんでしょうね、夢に出てくる僕も、車いすになった。つまり、どんな苦境に置かれても、人はやがてその状況に順応し、そして前向きになれるんです。
井上:なるほど。

「大胆なチャレンジがブレイクスルーを生むんですよね」(井上)

国枝:だから、あのトークイベントのときも、辛い状況下でしたが、いつかはコロナ禍も受け入れて、どう解決していけばいいか、というマインドになるって思っていました。状況を受け入れ、自分がやるべきことに集中するのが大事と、そう考えていたんです。
井上:そういうことだったんですね。でも、そこでやっぱり素晴らしいと思うのは、その1年後の東京パラリンピック決勝、圧勝でしたよね。
国枝:ありがとうございます。
井上:あの勝ちっぷりには本当に驚いて、涙が出るぐらい感動しました。
国枝:本当ですか!?
井上:まさに、国枝さんの座右の銘どおり、「どうだ、俺は最強だ!」っていう感じ。あの迫力は、本当に素晴らしかった。
国枝:その「俺は最強だ」というのも、じつは弱気な自分を打ち破るために必要な言葉なんです。とくに、東京パラリンピックに関しては、やはり、すごい重圧があったので。押し潰されそうな自分を支えてくれたのが「俺は最強だ」という言葉でした。
井上:自国開催でしたし、やはり重圧は大きかったんですね。
国枝:はい。とくに緊張する試合前、鏡で自分の目を見るんです。そして、怯えがないか確かめながら「俺は最強だ」と自分に言い聞かせてから、コートに向かうんです。
井上:国枝さんでも緊張されること、あるんですね?
国枝:もちろんあります。でも、これはメンタルトレーナーに教わったことですが、緊張って悪いことばかりじゃないんです。暗闇の中を歩いていると、後ろから近づいてくる人の足音がハッキリ聞こえますよね。つまり、緊張は五感を研ぎ澄ませてくれる作用もあるんです。だから、私は緊張したときこそ、100パーセント力を発揮できると、そう思うようにしているんです。「よし、俺、緊張してる、いける」って。

失敗の数を評価する会社に

井上:国枝さんは選手生活も長いですが、今回、その戦績を改めて拝見すると、もう、ほとんど勝っていらっしゃって、すごいですよね。
国枝:ありがとうございます。でも、やっぱりキャリアが長くなって、若いときとの差を感じることもあるんです。
井上:どんなところで感じるんでしょうか?
国枝:回復力です。試合中に「スタミナが衰えたな」とはあまり感じない。でも、ハードな試合をした翌朝「疲れが抜けてないな」と思うことが30代半ばから増えました。
井上:国枝さんでも寄る年波を感じるんですね。
国枝:感じます。それに実際、負けることも増えてきました。ただ、その負けたときに、その負けをどう生かすか、その頭の使い方が上手になったかな、とは思っています。
井上:負けを生かす?
国枝:はい。勝ち続けているうちは、見えてこないことも多いんです。若いころは、勝ちたい気持ちも強いし、実際に勝ち続けていたので。なかなか新しいことに、大胆にチャレンジできなくなっている自分がいたんです。でも……、わりと最近では2016年のリオのパラリンピックですね。肘の怪我で負けて、世界ランクも落ちて。そこから、本当に変えました。車いすも、打ち方も、コーチも。すべてを変えた結果として、東京の金メダルがあったと思っているんです。
井上:まさに、負けを生かしたんですね?
国枝:はい、やっぱり負けたときにこそ、学ぶこともあるし、自分自身を変えるチャンスだと、そう思うんです。

「もしダメだったら、元に戻ればいいだけです」(国枝)

井上:私は、創業70周年を迎えた今が弊社の第二の創業期と考えて、提案していることがあるんです。「失敗を許容する文化」って言い方、ありますよね。結果、誰もがチャレンジしやすくなる、と。でも、私はそれでは物足りないと考えて「失敗の回数を評価しよう」と提案したんです。
国枝:チャレンジしないと、失敗もないですからね。
井上:そう。国枝さんに同意してもらえると、心強いです。
国枝:私も、常に何か眠っているものがないかと探して、いろいろと変えていますよ。フォームだって、今と1年前では全然違っているんです。
井上:フォームも変える?
国枝:はい。テニスとは、たとえばフォアハンドの球速がほんの少し上がるだけで、世界観がガラリと変わる、一気に飛躍できる競技なんです。その、ほんの少しを求めて、変えていく。ただ、失敗ももちろんあって。フォームを変えたことで、体を痛めてしまったり、球のパワーが落ちてしまったり。でも、たとえ失敗したとしても、元の場所に戻ればいいだけなんです。そう思って、どんどんチャレンジし続けています。
井上:戻ればいいだけ、というのはいい、心が軽くなります。
国枝:本当にそうなんです。むしろ、失敗を恐れてチャレンジできない方が、よほど怖い。ライバルたちは、どんどん成長していきますから。現状維持では、相対的には衰えていることになるんです。
井上:よくわかります。大胆なチャレンジこそが、ブレイクスルーを生むんですよね。

ありたい未来を強くイメージする

井上:先ほどもお話に出た、国枝さんの座右の銘「俺は最強だ!」。その言葉は、未来を作り続けていくという意味だと、私は理解しているんです。その〝ありたい自分〟というんでしょうか、それをイメージされて、「俺は最強だ!」と自らに言い聞かせる、そういうことで、よろしかったでしょうか?
国枝:そうですね、やっぱり「〇〇したい」というよりも、「〇〇するんだ!」「〇〇なんだ!」というふうに断言する、その方が、イメージがより力強くなるんですよね。
井上:なるほど。
国枝:自分自身もある意味、自分の頭を〝勘違い〟させていくんです。私はその「俺は最強だ!」という言葉を、世界10位ぐらいのころから使い始めていて。そう、まだぜんぜん、最強じゃないときから(苦笑)。
井上:そうだったんですね。
国枝:そうなんです。そして、「俺は最強だ!」と毎日、自分に言い聞かせることで、やっぱり、日ごろの練習も、クオリティが上がっていくんですよ。「最強の人間がやる練習は、こんなものなのか?」っていうふうに、自分自身に問うようになる。
井上:なるほど、なるほど、素晴らしいですね。
国枝:その結果、日ごろの練習1つとっても、より、集中していかなきゃいけない、という戒めにもなります。そういった部分にも、効果はきっとあったんじゃないかなと思います。
井上:その、高い集中力を切らすことなく続けられるというのも、素晴らしいですよね。国枝さんの精神力が素晴らしい。
国枝:ありがとうございます。なりたい自分をイメージし、それを言葉に出して思い込みを作っていくことを、「アフォメーション・トレーニング」と言いますが、その「俺は最強だ!」を始めたところ、当時、世界10位だった私が、初めてグランドスラムで優勝することができたんですよ。
井上:それは、効果絶大ですね。
国枝:はい。しかも、それで終わりでは決してなくて。その優勝によって、今度は「俺は最強だ!」という言葉を、自分自身がさらに強く思い込める、信じられるようになっていくんです。
井上:なるほど、好循環になるんですね!
国枝:そうなんです。好循環に自分をはめることができたことで、よりこの言葉の重要性というか、凄さというものに気がつけたんです。
井上:なるほど……、ありたい自分を自らが強く思い描いて、そこへ向かって邁進していくってことですね。確かに、行動も変わってくる気がします。まずは1回、チャレンジして、そして成功体験を手にすると、さらにドライブがかかっていくと。そういうことなんでしょうね?
国枝:はい、好循環に、はめ込むんです。これで、成功するやり方がひとたび理解できると、そういうものを知ってると、次に問題に直面したときにも、どうしたらいいかという解決策も自ずとわかるようになってくる、というところもありますね、うん。
井上:いやあ、勉強になります。先ほども申しましたが、私はまさに70周年を迎えた今が、新しいANAの、第二の創業期と考えております。再スタートを切るにあたって、社員を鼓舞すべく話しているのが、今まさに、国枝さんがおっしゃったような「もっと、高い目標に向かっていこう、頂点を目指そう」ということでして。これって、まだ、私たちにとっては経験したことのない世界なんです。弊社は今、まさに「俺は最強だ!」とご自分に言い聞かせ始めた当時の国枝さんと、同じぐらいのポジションにいると思っております。ですから、今回、国枝さんに教わったことを実践して、是非ともANAを、グランドスラムで勝利できる、そんな航空会社にしていきたいと、そう思っているんです。
国枝:いいですね。ぜひ、そうなるように期待しております。

「なんだか、パワーをいただけそうですね」(井上)
「あんまり吸い取らないでください(笑)」(国枝)

写真:篠山紀信