ANAレジェンド整備士たちの熱弁 新人教育から見える“令和の若者と昭和の職人”

「最近の新人は……まぁ、いまどきの若者は全般的にそうなんだろうけど、うちの新入社員も皆、とってもクールだよね」
1人が苦笑まじりに漏らしたこんな言葉に、ほかの3人も強く頷いてみせた。そして、矢継ぎ早に言葉が飛び交っていく。
「そうなんだよ。彼ら、どんな場面でも、冷静というか」
「ときには、もっと熱くなってほしいんだけどね。こっちが熱っぽく教えていても、彼らは態度も声も冷静で。いったい何を考えているのか、本心が掴めないというか……、教官のほうが悩んじゃうよ」
「なに言ってんだ!? そんな時は『ガツン!』と言ってやればいいんだ。きっちり教えてやらないと、現場に出たとき苦労するのは新人たちなんだから。実際の整備現場では、もっともっと厳しい局面と対峙しないといけない」
新入社員の成長を願えばこそだろう、議論は時間とともに、だんだんと熱を帯びていった。
この日、羽田空港に隣接する巨大な格納庫の一角に、4人の“レジェンド”が集結していた。
現在はANAベースメンテナンステクニクスに籍を置く林田健一郎(1979年入社)、内間安彦、伊藤浩司、野崎祐三(3人とも、1980年入社)。4人は、その半世紀近いキャリアを整備一筋に歩んできた「グループマイスター」たちだ。
グループマイスターとは、ANAの社内専門性認定制度「マイスター制度」の最高位の資格のこと。グループ全体で4千数百名を数える整備部門のなか、同資格の認定を受けた者はわずか数名しかいない。知識や技倆、経験など、すべてがトップレベルにあることが認められた、整備のスペシャリストだ。
ANAでは「301K」と呼ばれる、同社にしかない実機(退役機)を使った訓練も採用し、整備士を育成しているが、その教官として活躍しているのが、彼らグループマイスターなのだ。
今回の「翼の流儀」は目下、後進たちへの技術の継承に注力している4人による座談。レジェンドたちが語り尽くす“安全運航の要”整備の現場の過去・現在・未来――。
先輩たちから学んだことがいまでも心のなかに残っている

林田 入社して間もないころの、先輩の言葉で強く印象に残っているのは「歌って踊れる整備士になれ!」だね(笑)。皆も記憶にあると思うけど、当時は第一次カラオケブームだった。
野崎 わかるな〜、それ。僕が言われたのは「飲み会と義理だけは欠くな」だった。お金もないのに頑張って参加して、社会勉強させてもらいましたよ。それに、現場では「見て盗め」って感じの先輩たちが、飲み会の席ではポツリ、ポツリと教えてくれた。「今日のあの作業は、こんなふうにやるんだよ」と。
内間 飲み会じゃなくて整備の現場の話をさせてもらうと、当時、ちょうど「トライスター」という飛行機が導入されて、結構な頻度でエンジン交換があった。胴体の後ろ、尾翼のところのセンターエンジンの整備となると、建物の2階ぐらいの高さまで登っての作業で、「怖いなぁ」と思いつつ、駆け出しの自分がそれをやらせてもらえることを意気に感じた。皆、トライスターのことは覚えてますよね?
伊藤 僕らの世代には、最初の機体でしたね。
林田 いま思えば、サイコーにいい飛行機でしたよ。
伊藤 僕ら、トライスターでいろんなことを学んだんです。
内間 あ、先輩からの強烈な一言、思い出した。「使いものにならん、田舎に帰れ!」って、しょっちゅう怒鳴られてた。
林田 それは皆、同じでしょ。
内間 当時は「ハラスメント」なんて言葉もなかったから。いまなら完全にアウトでしょう。それでは伊藤さん、一つアウトじゃない話をお願いします。
伊藤 ほんと、昔は飲み会、多かったですよね。
野崎 いや、だから、もう飲み会の話はいいんだって(笑)。
伊藤 当時は懸命に仕事して、懸命に遊んで。メリハリがあった気がします。それで、私にとっていちばん印象深い先輩の言葉は「一つのことを言われたら、十のことを考えなさい」ですね。一つの作業に当たるときには関わる人、ツール、環境と、いろんな要素が絡んでくる。それを全部、事前に自分で考え準備しなさいと。その助言は、ずっと心に残ってますし、いま新人にも、同じ言葉を伝えてます。
林田 おおー、100点満点のコメントだ(笑)。
今だから話せる失敗談 自信が出てきたときに陥ったこと

次に語り合うのは“失敗談”。長いキャリアの中には、忘れることのできないミスも――。
林田 思い出深い失敗? ありますよ。かつて「ジャンボ(ボーイング747)」と呼ばれる飛行機がありましてね……。
野崎 それは、飛行機の“鼻”を潰しちゃった事例かな?それは、飛行機にスタンドをぶつけてしまった事例かな?
林田 そうだよ(苦笑)。あれは1986年。はっきり覚えてる。何しろ結婚してすぐだったから。
内間 あははは、その情報はいらないんじゃない?
林田 ドック整備中のジャンボ。2日後には整備を終えドックアウトしなきゃいけないっていうタイミングで、僕と新人2人とで作業に当たることに。それで「スタンド」という足場となる鉄骨製の構造物を機体に近づけていった。ところが、なんと、そのスタンドを飛行機にぶつけてしまったんです。操縦席のすぐ前に、大きな穴を開けてしまった。新人たちはもちろん、僕ももう、真っ青になりました。
野崎 構造修理担当の先輩たちが直してくれましたよね?
林田 そう。僕はただ頭をさげることしかできなかった。「どうか直してください!」って。
野崎 あのとき、先輩たちはたった2日で直した。まるで、何事もなかったかのように、綺麗に。それはやっぱり、先輩たちの素晴らしいスキルの賜物だったと思いますね。
林田 先輩たちには頭が上がらないですよ。それはいまも。だっていまだに言われるもの。「お前、あのときぶつけたな」って。
野崎 あのとき、林田さんは一整(国家資格・一等航空整備士)取ったすぐあと?
林田 そう、その通り。
野崎 やっぱりそうですか。それって“整備士あるある”ですよね。一整を取得して「俺、できるじゃん」って感じで、奢りや油断が生じて、自ら罠にハマるんだ。僕もありましたし、そこから学びました。基本に立ち返らないといけないと。
内間 僕の場合は一整の取得前でしたけど、やはり仕事に慣れてきたところで失敗があった。
伊藤 私も油断から整備中の機体を壊してしまったこと、あります。慣れた作業で、過去の不具合の情報も十分、頭に入っていたはずなのに……。作業者の勝手な思い込みってあるんですよね。私はその失敗から、第三者の目をちゃんと使って確認することを怠らない、それを肝に銘じるようになりました。
実機に触れる緊張感に勝るものなしこれが成長を促してくれる

2023年度から、4人は新入社員訓練の教官を務める。毎年数百名の新人たちに、整備の基本や道具の扱い方、航空機に関する基礎知識を座学や実地訓練を通じて伝えている。そのなかには、先述した実機「301K」を使用した訓練もある。
野崎 新人のなかには大卒もいれば航空専門学校卒もいて、整備の基礎知識はもちろん、小型機の整備ライセンスを持って入ってくる人もいる。いっぽうで高校卒業したばかりの人も。僕は整備の基礎用語一つ分からない、そういう新人に目一杯、配慮してます。なぜなら、用語も分からないまま訓練を受けても、どんどんつまらなくなってしまうと思うから。挙げ句の果てに整備という仕事や、飛行機が嫌いになってほしくない。ANAに入ったからには、飛行機をもっともっと好きになってもらいたい。
内間 僕が新人たちによく言うのは「他人の資料で勉強するな」ってこと。要は図面などに何か物を書き込んで覚えようと思うとき、誰かが書いたものをそのまま書き写したところで頭に入ってこないぞ、ということ。自分の頭の中で噛み砕いた自分の言葉でメモしていかないと、身につかない。あとは「自分の手を動かせ、自分の目で見ろ」。説明を聞いただけで、あるいは誰かの作業を見てるだけじゃ、ものにならない。自分で体を使って、実物をしっかり見て観察しないとダメだと思うんですよね。
伊藤 短い訓練期間を、いかに有意義なものにするかが大事なんですよね。だから、私の場合は全員に、実際にやらせるように努めてます。そうすることで、たとえ短時間でも経験として植え付けてあげられますよね。
内間 その意味では301Kという実機に触れられるというのは大きいですよね。
伊藤 モックアップも使うけど、やっぱり実際の飛行機を触れることの緊張感に勝るものはない。
林田 僕の場合は「資料にひと通り目を通したら、あとはとにかく飛行機を見ろ」だね。座学で学んだ知識を、今度は実機を見て触ることで確認できる。これは最高の勉強。301K最大の利点はそこ。
野崎 新人たちの顔つきが変わるからね。最初は「本当にやっちゃっていいんでしょうか?」って感じで不安そうにしていたのが、いざ始めると「ホンモノに触ってるんだ!」って目が輝き出す。作業後はオペレーションといって実際に動かすわけだけど、そうなると、自分がやった整備がどんな結果に繋がるかも見える。作業に欠陥があれば、動かなかったり壊れたりもするんですから、それはものすごい緊張感だと思うし、彼らの成長を促してくれるよね。
林田 その緊張感、持続するとなおいいんだけど……。たまにいるんだよ、「それもう3回やりました」「5回経験してます」と、すぐに答える新人が。そんなとき?「ん!? 俺はお前より40年以上先輩だけど、いまも毎日、勉強だよ」って言ってやる。言われた新人は途端に大人しくなるよ(笑)。いまどきはスパルタ教育なんて絶対NGだけど。彼らがやるのは安全運航に直結する重要な仕事なんだから。要領がいいだけの整備士になられても、困るんだよ。
整備は一人でできないチーム力が物を言う

厳しい教官のもとを巣立った新人たちは、ANAグループの航空機整備を担う「e.TEAM ANA」の一員として、それぞれの現場に配属になる。
野崎 ある年度の新人は比較的、習熟の早い人が多くて。“卒業”のときに、本物そっくりの301Kのプラモデルをプレゼントしてくれました。「お世話になりました!」と。それは涙が出るほど嬉しかった。ま、ほかの年度生から、そんな言葉や贈り物をもらったことはないですけどね(笑)
内間 これは、以前出向していたMRO Japan時代の経験ですが。僕はそこでも整備士養成を担ってました。そこで目にして驚いたのが、入社4年目の若い整備士たちが、ボーイング737のギア(主脚)交換を見事に仕上げたこと。入社時の技量を知る僕は、そこで思ったんです。「仕事が人を育てるんだな」と。現場で鍛えられ、皆一人前になる。だから、いま僕らが面倒を見ている新人たちも、きっと立派な整備士になると、僕は信じてます。
林田 僕はね、訓練を終える新入社員たちに必ず問い掛けるんです。「あなたたちにとってプロフェッショナルとはなんだ?」と。「新人の立場で考えた答えで構わない、一人ひとりがその答えを必ず持て」と言います。そして「その気持ちを忘れるな、自分の思い描くプロとしての姿勢を守り続けろ」と言って送り出すんです。私? 俺が考えるプロフェッショナルとは『同じ失敗を2度繰り返さない』です。だから、機首に穴を開けるなんて失敗は1度きりです(笑)。
伊藤 整備って、決して一人でできる仕事ではないんです。チーム力がものを言う。その意味では、最初に冗談のように話していた飲み会を大事にするエピソードも、あながち的外れではないんです。一緒に働く先輩や同僚と知識や時間や経験を共有していくことが、チームとしてパフォーマンスを出す上ではすごく重要。皆で一致団結して力を発揮する瞬間が、私はいちばん好きですね。そして、仕事を好きになることが成長を促すと思うから。私は自分のそういう経験を、これからも若い人たちに伝えていきたいですね。
野崎 そうだよね。僕も入社当時、よく先輩から聞かれました。「飛行機は好きか、仕事は好きか?」と。「好きこそものの上手なれ」って言葉があるとおり、いまの新入社員にも好きになってもらいたい。僕はいまだに大好きですから、飛行機も、整備の現場も。そんな人間ばかりが揃うANAの整備部門になってほしいと、心底思っています。

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