メインコンテンツにスキップ
機内食はまだまだおいしくなる ANAシェフ メニュー開発の舞台裏〜翼の流儀

機内食はまだまだおいしくなる ANAシェフ メニュー開発の舞台裏〜翼の流儀

ANA REPORT 翼の流儀

share

「従来、洋食ではあまり扱わなかった食材で挑戦したい、そう思ったんです。この食材で洋食の、しかもコールド(前菜)の、機内食のレシピを考案できたら、それはちょっと面白いんじゃないかなって」

成田空港にほど近い建物内の厨房。白衣姿のその男性は少しの間、包丁の手を止めると、こう言って笑みを漏らした。

彼の名は古川隆浩。「ANAケータリングサービス(以下・ANAC)の調理統括室洋食統括部に籍を置く、マネジャー。日ごろは主に、機内食のメニュー開発の業務に従事している。

そんな古川が「挑戦したい」と語ったのはANACの「レシピコンテスト」。調理技術向上や人材育成などを目的に、2014年度に始まったもので、新型コロナの影響で中止された2021年度を除き、毎年開催されてきた。「洋食」「和食」「製パン」「製菓」の4部門があり、毎回「主菜となるオリジナル創作料理」「チョコレート三種を使ったデザート」など、各部門にテーマが設定される。それぞれ、最優秀賞を獲得したメニューは、実際に機内や空港ラウンジでの提供も想定されている。

昨年度の第9回レシピコンテスト。洋食部門には「アペタイザー(前菜)のオリジナル創作料理」というお題が設けられていた。応募41作品のなかには、2014年度のコンテスト開始当初から、ずっと挑戦し続けてきた古川が提案したメニューもあった。

そして、昨年10月の最終選考会。最優秀賞に輝いたのは「鮎と茄子のタルタル、ルッコラソースとトマトのムース」という作品。そのメニュー開発者こそが、古川だった。9度目の挑戦でついに栄冠を勝ち取ったのだ。

「本当に、嬉しかったです」

振り返る彼の顔から、また笑みがこぼれた。古川が「ちょっと面白いんじゃないか」と考え採用した食材、それは鮎だった。

「まず、トマトのムースを食べていただきたい、そう思ったんです。それと合わせるものを考えていくなかで、同じく夏が旬で、でも洋食では使われることが少ない鮎を思いつきました。でも正直、自信はあまりなかったんです。馴染みのないこの食材が、実際に口にする方たちにどう受け取られるか、そこがわからなかったので」

古川が考案した鮎を使ったメニューも、実際にファーストクラスのアペタイザーとして今年7月まで提供されてきた。結果、賞賛の声が多く寄せられたのだった。

「やはり、馴染みの薄い鮎に対して『?』という反応の外国のお客様もいたようです。一方で日本人のお客様や、和食に親しんでいらっしゃる方たちからは、盛り付けや味からも、清涼感を感じていただけたようです。『じつに日本らしい』『ルッコラソースの苦みが爽やかでいい』など、好意的な意見を数多くいただきました」

こう言って胸を張った古川。

今回は、レシピ作りの“プロ中のプロ”に聞いた、もっともっとおいしくなる機内食の未来――。

「ごまかしがきかない」機内食メニューの難しさ

「幼いころから料理はすごく好きでしたが、とくに大量調理とか、普通のお店ではやらない、できないようなことができるという点に興味を覚えたんです」

入社の動機をそう語る古川は、調理の専門学校を卒業後、ANACに。2002年、正社員として採用された。

「入社当初はコールド系、いわゆる前菜ですね、フルーツをカットしたりサラダを作ったりしていました。それを5年ほどやって、その後はホット・セクションに異動に。今度は肉を焼いたり、ガルニ(付け合わせ)やソースを作ったり。そうやってひと通り工場の調理現場を経験させてもらったのちの2018年、現在の調理統括室に配属になったんです」

先述のとおり、現職では主に機内食のメニュー開発を行っている古川。現在、担当しているのはビジネスクラスやエコノミークラスの前菜などだという。

「アミューズやサンドイッチなど、ホット系以外を全部、担当しています」
そう話す古川に、機内食ならではのメニュー開発の難しい点について尋ねると「ごまかしがきかないところ」と即答した。

「町のレストランだったら、店の雰囲気だけでも、おいしそうに感じてもらえるかもしれませんし、当然ですけど調理したての料理がテーブルに並ぶ。それだけでもやっぱり、おいしく感じるものですよね。でも、機内食はそういった“ごまかし”が効かないというか。一度、工場で作ったものを冷まして、また機内でリヒート(再加熱)して召し上がっていただくので、できたてではないんです。そういったハンデがたくさんあるなかで、それでもお客様に『おいしい』と感じていただく、そのハードルは、やはりすごく高いです」

たとえば、古川たちがなにか新しいメニューを開発した場合でも、できあがった料理をすぐ試食することはない。

「できたてがおいしいのは当たり前なので。24時間、冷蔵庫で容器ごとキンキンに冷やしておいたものを、パカッと蓋を開け、試食する。実際に機内でお客様が召し上がるのと同じ条件にするわけです。その際、たとえばゼリー系のものなど、冷蔵保存で硬くなりすぎていれば濃度を調節したり。野菜から汁が出てしまっていたら改善しなくてはなりませんし、あえて少し揺らしてみて、盛り付けが崩れていれば、それも改善点になる。味付けに関しても、気圧で味覚の変化があるため少し濃いめに。とはいえ、塩味がキツくならないよう、出汁など旨みを強くするなど、工夫しています」

国際線のファーストクラスやビジネスクラスでは、皿に盛り付けた機内食が提供される。その盛り付けはCAが担当する。

「いそがしいCAさんたちの手を煩わせないためにも、盛り付けは極力、簡単でなければならないんです。料理人の純粋な願望的には『ここにソースを2種類使えたら』とか『メイン食材の脇にもう一種、野菜を飾りたい』と思ったとしても、あえてしないこともあります。」

機内食を機内で体験 初めて感じたこと

さまざまな制約のなか、それでも日々、メニュー開発に奮闘する古川たち。その原動力について問うと「劣等感を払拭したいという気持ちですかね」と、笑った。

「世間的には、一般のレストランより機内食が軽んじて見られてしまっているというか、『しょせん、機内食でしょ』という見方があると思うんです。そういう空気をちょっとでも払拭したい。有名レストランにも決して負けない料理を提供する、そういう思いは常にあります」

そのためにも、インプットを怠ることはない。休みの日には評判の店に足を運び、インターネットやメディアに溢れる料理情報にも目を配る。さらに、国内線でも機内食が供されているプレミアムクラスに自ら搭乗、自分たちが考案したメニューが実際にどう食されているかを確認することも。

「それはとてもいい経験でした。手前味噌になりますが、想像以上に機内食がおいしかったのも嬉しかったです。あと、自分たちとしては国内線の機内食は『お弁当を提供する』というイメージが強かったのですが、お客様たちの様子を見ていたら、多くの方がお酒を飲まれていて。つまり、お客様にとってはお弁当というより、おつまみの感覚が強い。これは搭乗して初めてわかったことです。以降、私が担当する洋食部門では味を少し強くしてお酒のアテになるように工夫したところ、評判も上々に。やはり、現場を知ることは重要だなと思いました」

新たな調理法を機内食で試していきたい

「さまざまな方法で得た新しい情報や、新たな調理法を試すことができる現在の部署にいられることに、とても感謝しています。そうやって、自分を表現できることが、仕事のやりがいだと思っていますから。『こういう料理を作ってみたい』『もっとこうしたらどうだろうか』と思いついたことが、実際の機内食メニューとして採用されて、その結果、お客様からも『おいしかった』というフィードバックをいただけたときは、それはもうこの上なく嬉しいんです」

機内食の新たな可能性を模索し続ける古川。「常に新しいチャレンジをしていきたい」と話す彼に、次の一手について問うと、少しの時間、黙考し「すべてを詳らかには言えませんが」と前置きしてこう言葉を続けた。

「最近、多くのレストランがやっていますが、炭火で素材に香り付けしたメニューは挑戦してみたいです。一度、冷ましてからリヒートしても、香りが残ることは、燻製などの料理で実践してわかっているので。それから……発酵を取り入れられないかと考えています。もちろん、機内食ですから、制約は少なくありませんが、それでも、トライしたいことはいくらでもあるんです。まだまだ機内食はおいしくなると思っています」