航路を決める地上のパイロット 入社50年の運航管理者「仕事の矜持」〜翼の流儀
運航管理者は目的地までの航空機運航に関わる情報を分析し、飛行計画を作成するほか、地上から飛行中の運航状況を地上で把握して運航便のサポートをするのが仕事だ。その業務内容から「地上のパイロット」との呼び名もある。そんな仕事に50年ほど携わっているのが清水崇だ。清水が日頃から運航管理で心がけていることとは。運航管理者の仕事に迫った。
地上にいながらフライトを決める75人の“パイロット”
「かつては、私たち運航管理者のことを“地上のパイロット”なんて、そんなふうに呼んでいた時代もあったんですよ。まぁ、そうは言っても、私が入社したころの話ですから、50年も前のことですけどね」
男性の机には、ところ狭しといくつものPCのモニターが並んでいた。画面を食い入るように見つめながら、彼は不意にこう話すとこちらに向き直り、ニッコリと、満面に笑みを浮かべてみせた。
清水崇。68歳になったいまも、ANAの「オペレーションマネージメントセンター(以下、OMC)」に、シニアエキスパートとして籍を置き、現役の運航管理者として従事している。「ディスパッチャー」とも呼ばれる運航管理者は、国土交通省所管の国家資格。現在、ANAには国内線、国際線、合わせて75名ほどが在籍するが、そのなかで清水は、最年長だ。
“地上のパイロット” 運航管理者の仕事とは
「私が入社したのは1974年、高卒でANAに入りました。志望動機は……、高校の担任の先生に勧められたからです。そもそも私自身、航空業界への憧れというのは正直、ありませんでしたから(笑)。私の実家は材木屋で、幼いときからずっと、大工さんになりたかったんです。でも、高校卒業前に母からも言われたんです。『やってみて、もしも嫌だったらいつでも辞められるんだから』って。先生に勧められ、母に諭されて、気づいたらもう50年というわけです(笑)」
入社早々、18歳で運航支援業務に就いた清水。23歳になると国家試験にも合格し、晴れて運航管理者になった。
運航管理者の仕事は、概ね次の二つに大別できる。
一つは飛行計画(フライトプラン)の作成。
「事前に気象状況など運航に関するあらゆる情報を分析し、もっとも安全で効率的な飛行ルートや高度を選びます。また、目的地の空港に着陸できない状況になった際の、代替空港も選定します。さらに、フライトごとに違うお客様の数や貨物の重量も念頭に置き、燃料の積載量も計算します。こうして作成した飛行計画を、その便の機長にブリーフィングで提示するんです」
運航管理者が提示したフライトプランを機長が承認して、はじめてその飛行機は、飛行することができるのだ。そして、そこから運航管理者のもう一つの仕事が始まる。
「離陸から着陸までの運航状況を地上側からモニターし、天候の急変など不測の事態に備えながら逐一、パイロットをサポートするんです。上空の航路や目的地の天候はもちろん、代替空港の天気の状況もずっとモニターしながら、フライトプラン通りの運航を完遂できるか、見守り続けます。極端に天候が悪化したときなどは『着陸できるか否か、ギリギリの状況です』とパイロットに伝えたり、航路上の気流が乱れ、快適な飛行が保てないと判断した場合はコースの変更を検討、打診したり。その場合は燃料計画の見直しも行います」
操縦桿こそ握っていないものの、まさに“地上のパイロット”と呼ぶに相応しい働きが求められる、それが清水たち運航管理者の仕事なのだ。
「時間をかけて情報を精査し飛行計画を作成しているのだから、機長には自信を持って伝えよう」と若手に伝えています
前もって自分なりの “代案”を準備しておく
「一日のシフトのなかで、運航管理者は、それぞれが100〜120便ぐらいを担当しています。天候が荒れた日などは、特に忙しくなりますね」
こう語る清水。さらに、こう言葉を続けた。
「局地的に天候が急激に悪化するのは、だいたい20〜30分間のこと。その瞬間にモニターしている飛行機は、10便ぐらいで、そのうち対応が必要な便は多くて2~4便ですから、対応できるというわけです」
とはいえ、まさにいま上空を飛んでいる10便のパイロットを、同時並行でサポートするというのは、簡単なことではない。
「この仕事に就いて、最初のころはやっぱり自分も焦りましたね。ただ、慣れてくると、天候が崩れる予測をあらかじめ立てられるようになってきますから。たとえば台風シーズンなど広範囲で荒れそうなときも、前もって自分なりの“代案”を準備しておくんです。燃料を少し多めに積んでおいてもらったり、着陸目的地の代替空港を少し遠方に用意しておいたり。そうやってリスクを分散させて、安全を確保しておけば、急な天候悪化でもパニックに陥ることはありません」
運航管理者としてのやりがいを感じるのは、天候悪化など気象状況を読み切ったときだ。
「極端に天気が悪いなかでも、経験に照らして『きっと就航時刻には天候は回復しているはず、安全に着陸できるから飛びましょう』と機長に提案し、合意ができて。結果、お客様を目的地の空港まで無事にお運びできたときは、心のなかで『よし!』と快哉を叫んでますね」
「下の世代から教わること? いっぱいあります。わかりやすいところだと、タブレットの触り方を教わりもしました(笑)」
「自分は違うところを見ていよう」と心がけ
現在の運航管理業務は、そのほとんどがシステム上で行われる。だが、清水が入社した半世紀前は当然のように、紙とペンが主なツールだった。
「最初は本当にアナログでしたね。飛行計画も全部手書きで、紙に書いてました。簡易ログなんて呼んでましたけど。その飛行機が通常出せるスピード、巡航速度に対して、どういう風が入るかを予測し計算して。いつもなら1時間かかるところを、今日の風なら50分で行けるだろう、という予測をベースに、搭載燃料を割り出して。そういうこともすべて、手で計算していました」
そんなアナログ時代を経験した清水と、デジタル化が進んだのちに職に就いた若い運行管理者では大きな違いがあるという。
「いまの若い人たちは、コンピュータのキーボードを叩くことで答えが出てくる、そう考えています。でも私の場合、決して自慢ではないですが、今日の天候だと運航時間はどれぐらいになるとか、必要な燃料の量などもあらかじめ自分で答えを導き出しています。もちろん、コンピュータも使うのですが、自分的には、その段階では答え合わせをしている感覚。その点、やっぱり若い運航管理者たちは『今日の風だったらこうなるね』という私の言葉にはピンとこない。彼らにとっては、コンピュータがはじき出したものこそが答えなんですね」
ここまで話すと、清水は「長くやってる厚かましさが、私にはあるんです」と、また笑った。
情報を共有して事前に準備しておくのが仕事です
「天候急変などの場合、OMCのなかで、みんながワーッと同じ方向を見ているとき、私は違った視点を保つよう努めます。全員が同じ見方をしていたら、全員でつまずいてしまうリスクがあるから。自分だけは違うところを見ていよう、そう心がけてるんです」
OMCのなかで、多くの運航管理者が目にしているのは地上の天気図だという。
「でも、私の場合は上空の天気図を重視しています。地上では山や高層ビルもあって風が回りますが、上空では自然の流れの風が吹いていて。この低気圧はこう動くだろうとか、この先、この辺りの天候が崩れてくるというのが、上空の天気図のほうがわかりやすいし、予測を立てやすい。でも、それを見ながら仕事をしている人は少ないんです」
多くの運航管理者が目安としているのが、気象庁が提供している国内各空港の気象予報「運航用飛行場予報(以下、TAF)」だ。飛行計画のベースとなる、重要な情報で、もちろん清水も目を通しているが……。
「私の場合、TAFはあと回しなんです。まずは、自分自身で予報を立てて。それからTAFと見比べ、予報が合わないところ、違うところを探すんです」
最近も、こんなことがあった。
「1週間ほど前です。TAFでは秋田、新潟、小松、それに岡山、広島に雷雲の予報が出ていました。でも、伊丹には出ていなかった。私は『これは怪しい』と考えました。それで『ここ、注視しておいて。雷雲が出たらすぐ対応できるよう準備しておいて』と周囲に声をかけました」
果たして数十分後、伊丹上空にも雷雲が湧いた。TAFも情報を更新、注意喚起を始めた。
「その時点で、自分たちはもう半分ぐらい準備を済ませていましたから、まったく問題なく対応ができました。このように、私たち運航管理者の仕事というのは最大限、情報を共有し、事前に可能な限りの準備を怠らないこと――、それこそが、もっとも重要な仕事だと思います」
半世紀の間に、アナログからデジタルへ、手法は大きく変わったが、運航管理者の心構えに変化はない、と清水は言う。
「表面上はいろいろ変わりましたが、飛行機を飛ばす、安全にお客様を目的地までお運びする、そのために必要な考え方はまったく変わっていませんよ」
雇用延長という形で現役を続ける清水。「70歳までは、心も体も健康を保ち、仕事を続けたい」と話す。いっぽう、運航管理業務を50年間も続けたことで、私生活ではこんなことも。
「休みの日も、つい空を見上げてしまいますね。雲の状況とか、風の吹き方を年がら年中、気にしてしまう。だから妻から『今日、洗濯物は外干しで大丈夫?』とか『孫を連れて遊びに行けるかな?』と、よく質問されて。聞かれた私は『何時ごろまでは平気だよ』と。家でもディスパッチしてますよ(笑)」
撮影 加治屋誠
取材・文 仲本剛