フライングホヌの圧倒的な大きさ 主翼はバスケットコート2面分〜翼の流儀
機長と整備士が語る「A380」の魅力
世界最大の飛行機として知られるエアバスA380。ANAでは2019年5月からハワイ路線でFLYING HONUの2機が就航し、2023年10月には3号機が加わった。大きさもビジュアルも目を引くこの機体にはどのような特徴があるのか。当初から関わる機長と整備士が語った。
ホノルル路線の顔として親しまれる存在に
「本当に大きいんです。成田空港で駐機していると、ターミナルビルのトップ、そのさらに上に尾翼の突端がはみ出してますからね。だから、A380は遠目にもすぐにわかる、それぐらい大きいんです」
乗務員の制服姿の男性の言葉に、作業用のつなぎを纏った男性は何度も頷き、こう続けた。
「尾翼のいちばん上のところの地上高は24.1mですから……だいたい8階建のビルぐらいの高さになりますね」
そろって大きな機体を仰ぎ見るようにしながら、こう話した二人。その顔は、なんだかとても嬉しそうに見える。
ANAのフライトオペレーションセンターエアバス部副部長・齋藤縣と、ANAラインメンテナンステクニクスの成田整備部でマネージャーを務める内村俊一。二人はそれぞれ機長、整備士として、全長72.7m、全幅79.8m、総2階建てで520席もの座席数を誇る“世界最大の旅客機”「エアバスA380―800」の運航に携わっている。
ANAのホノルル線に就航して5年が経過したA380。今回は、「FLYING HONU(空飛ぶウミガメの意・以下ホヌ)」の愛称で親しまれている巨大な旅客機、その魅力を機長、整備士それぞれの立場から、存分に語り合ってもらった。
大型機に携わりたいという長年の夢が叶った
齋藤:私は2010年にトリプルセブン(ボーイング777)の機長からエアバスA320に移行して、査察操縦士を務めていました。そして、2018年11月から、A380の初期指導要員として導入以降、ずっと携わってます。
内村:では、ANAがA380に関わる最初期からですね?
齋藤:そうなりますね。最初の乗務員3名のうちの1人です。新機種を導入する際の訓練や審査を担当する初期指導要員は当初6名いましたが、訓練をエアバス本社に委託しフランス・トゥールーズで行った関係上、一度に6名が現地に入るのは難しくて、3人ずつとなりました。私はその、最初の3名の1人でした。
内村:なるほど。ということは、齋藤さんが最初にA380の操縦をしたのは、ホヌのペイントもまだのころですね?
齋藤:そうです。本来なら機体を日本に空輸してきてからトレーニングフライトを行うのですが、それでは2019年5月の就航に間に合わないということで、エアバス社のテスト機をお借りして、フランスで訓練を重ねました。ところで、内村さんはどういう経緯でA380に?
内村:私は入社が2002年です。当時はボーイング747―400など大型機も現役で飛んでいるころでした。そのころ、整備の基礎を学び、その後、ライン整備に転属になり、羽田空港で10年ほど機体整備を担当しました。それから、沖縄や中国にも行かせてもらって、成田に配属されたのが2015年。A380の一等航空整備士の資格は2019年に取得し、いまに至ってます。
齋藤:なるほど。では、内村さんもほぼほぼ当初から、A380に関わってこられたわけですね。
内村:そういうことになりますね。ところで、齋藤さんはANAがA380を導入するという一報に触れたときは、どう思いました?
齋藤:ボーイング747が退役するなど、時代背景としては、よりコンパクトな機材が求められていましたので『時代に合うのかな』という不安があったのは否めません。でも、あの可愛らしいウミガメの、公募で選んだデザインを施した大きな機体が、ホノルル線限定で飛ぶということで、不安を上回って余りあるワクワク感を覚えましたね。
内村:わかります。私も実は、とってもワクワクしたのを覚えています。というのも入社当時から「4発エンジンの大型機の整備にいつかは携わりたい」と思って仕事を続けていたので。でも、747は退役してしまい「夢は叶わないままか」という残念な思いがあったんです。そんなときに、A380導入の一報を聞いて「自分も大型機の運航を支えることができる!」と、すごく嬉しく思ったんです。私にとっては待望の4発機、それがA380だったんです。
機体の大きさのわりに小回りが効く設計に
齋藤:それにしても、改めて見ると大きな機体ですよね。こういう説明をすると皆さんは驚かれるのですが、左右それぞれの翼の上に、テニスコートがそのまま入るんですよね。
内村:いや、A380の主翼の面積は約845平方メートルですから、テニスコートどころか、バスケのコートも2面取れる広さです。
齋藤:そうなりますね。コンビニエンスストアなら3〜4店舗分なんて話も聞きますからね。とにかく、翼だけを見ても、とてつもなく大きい。
内村:これまで操縦されてきた機体と大きさがかなり違いますが、操縦に関してはいかがでしょうか?同じエアバス社のA320と似ているのでしょうか?
齋藤:そうなんです。その大きな翼による大きな揚力のため、着陸速度はA320とほとんど変わりません。また、操縦の感覚や操作手順などもA320と多くの共通性があり、エアバス社の技術力の高さを日々、感じています。他の機体と違うところをあえて挙げるならば離陸前や着陸後の地上移動でしょうか。何しろ、あれだけ大きな機体ですから。走行経路も限定されますし、パイロットとしても気を遣う部分ではあります。
内村:地上移動といえばギア(タイヤ)に関しては大きな機体だからこその工夫がされていますよね?
齋藤:はい。操縦室下の2本、胴体部分の12本、翼部分の8本、合計22本のタイヤが機体を支えていますが、胴体部分の左右6本の後ろ2本が動くようになってます。
内村:ノーズギアと連動して動いて、機体の大きさの割に、小回りが効くんですよね。
齋藤:そうです、そうです。内村さんたち整備サイドでは何か、A380特有の苦労ってありますか?
内村:やっぱり、大きな機体ならではの大変さはありますね。尾翼先端までが24m超、電源を得るための機体後方の補助エンジンにアクセスするにも地上高は9mですから。どの作業をするにも、大きな脚立や高所作業車が必要になります。高いところが苦手な整備士には大変な機材ですね(笑)。それに、部品一つひとつが重いので、クレーンも多用しなくてはならない。そのあたりが、A380特有の大変さです。
齋藤:でも、A380=ホヌが飛び始めて、1年も経たずにコロナ禍により運航が休止してしまったときは、暗澹たる気持ちになりました。
内村:本当にそうでしたね。
齋藤:あのころ、同僚とよく話していたことがあって。「コロナのトンネルはいつかは抜ける、その先にはきっと明るい未来があるだろう。でも、そもそもホヌは大きすぎて、トンネルに入ることすらできないんじゃないか」って(笑)。当初、24名まで養成したパイロットも9名まで減員しました。私を含めたその9名の資格維持も大変で。現在、羽田の訓練施設にあるシミュレータの設置前にコロナ禍になってしまったので技術者が来日できず、シミュレータの稼働が2年ほど遅れました。コロナ禍の期間中、私たちは定期的にフランス・トゥールーズに渡り、エアバス本社のシミュレータにて資格維持のための訓練や試験を行ったのです。
内村:私たち整備士としては、飛べない間の機体の保存整備の仕方を試行錯誤するのが大変でした。なにせ、受領間もない機体でしたから誰も経験がない。「どうやって保存整備するんだ?」と、作業基準を一つひとつ読み解きながら、整備を進めるのは苦労しました。
齋藤:その保存期間が長くなりすぎないために、また、私たちパイロットの運航経験を補完するという意味もあって、定期的に、離陸してすぐ着陸するというような試験飛行をする必要がありました。そこで、航空ファンの方々の要望もあり実施されたのが、チャーターフライトでした。
内村:やりましたね。新千歳や中部、関空、那覇、それに下地島に飛んだりしましたよね。
齋藤:そうです。それが、思いのほか、人気になって。ふだんお客様との接点を持つことのないパイロットも、お客様とのお話やフライト中に質問に答えたり。私もやりました。「私たちの仕事は、こういう人たちに支えられているんだ」と改めて知ることができ、貴重な経験をさせてもらったと思っています。
内村:整備士も見学用の機体に出向いて、質疑応答をしました。
齋藤:そうでした。それで、航空ファンの方たちからよく聞かれた質問の1つが「3号機はいつ就航するのか?」でした。ANAはエアバス社から3機のA380導入を決めていましたが、コロナ禍に入ったことで、3機目の就航が遅れていたんです。でも、その3号機も昨年秋、サンセットオレンジのペイントの機体が無事に就航しました。大きな機体のA380ですが、無事にコロナのトンネルを抜けることができたわけです。
ホノルル線限定である楽しさを感じてもらいたい
内村:でも、3機だけということもあって、私たち携わる人間にとっても、とても愛着ある飛行機ですよね。
齋藤:そうですね。それぞれの機体のイメージキャラクターにはハワイならではの名称が付いていて、ANAブルーのウミガメはハワイの言葉で「空」を意味する「ラニ」、エメラルドグリーンのウミガメが、「海」を意味する「カイ」、そしてサンセットオレンジのウミガメには「太陽」を意味する「ラー」と、私たちも機体をキャラクターの名称で呼んだりしますからね(笑)。
内村:はい、「今日はカイくんの調子はどうかな?」なんて(笑)。私たちがそれだけ愛着を持っていますからお客様、とくにお子様連れのお客様の注目も高い。それはやっぱり、他の機体にはないA380の特徴ですよね。
齋藤:そうです。パイロットとしてもそれは常に感じています。航空ファンの方たちが撮影された着陸動画なども、たくさんネットで見かけます。ときには、生配信のライブ動画も。そういうのを見ると「注目されているな」と、緊張感がみなぎりますよ。
内村:SNSの時代ですからね。でも、きっとその注目度の高さもA380だから。ほかの機体ではそこまで“見られる”ということもないですよね。
齋藤:きっとそうだと思います。
内村:実際に運航に携わっていて感じるA380の魅力はいくつもありますよね。とくに機内のレインボーの照明や壁面の海や夕陽のデザインなどは、ANAのホノルル線限定仕様ならではの楽しさ、ワクワクをご提供できていると思います。
齋藤:本当にそうですね。私はぜひ、機内にある、ウミガメをデザインしたピクトグラムも見てもらいたいと思っています。また、実際に乗務していて感じるのは、A380の静かさです。
内村:静かですよね。これも大きな機体と無関係ではないと思います。A380に装備されているエンジンは入口にあるファンブレードと呼ばれる部分の形状が工夫されているなど、騒音軽減対策がされていますが、やはりなんといっても翼が大きい為に客室スペースとエンジンとの距離が離れている事が機内での静かさに繋がっていると思います。
齋藤:なるほど、そのメカニズムは初めて知りました。とにかく、たまに他の機体に乗ったりすると感じるんです、A380は静かだな、と。
内村:この先ですが、ANAのA380はどういう道を辿るのでしょうか?
齋藤:私は乗務の際、お客様によくこんなふうに挨拶させていただくのです。「日本では亀は万年と言いますが、私どものこのホヌも、末長く、いつまでも、たくさんのお客様にお乗りいただきたい」と。これから先も空飛ぶウミガメたちには、元気に空を飛び続けてもらいたい、そう思っています。
撮影 水野竜也(Tatsuya Mizuno)
取材・文 仲本剛(Takeshi Nakamoto)