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退役したANA機の「第二の人生」を売り込む 全日空商事〜翼の流儀

退役したANA機の「第二の人生」を売り込む 全日空商事〜翼の流儀

ANA REPORT 翼の流儀

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「数年前のことですが、私自身、退役機――あれは確かトリプルセブンだったと思いますが、羽田で見送ったことがあります。すでにANAのロゴを消された機体が、アメリカ国内にある“飛行機の墓場”と呼ばれる空港に向け離陸していく姿を見て、少々感傷的な気持ちになったのを覚えています」

柔らかな笑みを湛えながらインタビューに応えていたスーツ姿の男性はこう打ち明けると、少しだけ心寂しそうな表情を浮かべるのだった。

男性の名は蓮沼宏輔(はすぬまこうすけ)。ANAグループの事業の中核を担う「全日空商事」の航空機部品事業部に籍を置いている。

機材の更新を計画的に行なっているANA。通常は機齢が20年ほどになった航空機から順次、その任を解かれていく。退役した航空機はその後、どんな運命を辿(たど)るのだろうか。蓮沼が言う。

「退役機のなかでも、比較的機齢が浅く運航可能な状態ならば、ANA以外のエアラインにそのまま販売され、そこで飛び続けることもあります。これを耐空性売却といいます。

いっぽうで、機体を解体して、部品の状態にして販売することもあります。私たちは、その販売業務を担当しています。ANAや海外のエアラインから退役した航空機を購入、解体したのち、それぞれの部品に新しい付加価値を加えて、他のエアラインや航空機部品メーカー、部品の修理を行っている企業などに販売しています」

蓮沼の同僚・馬場葉月(ばばはづき)が言葉を継いだ。

「以前は機体を丸ごと売却、という形が主でした。新しい退役方法はないかと模索し、10年ほど前に生まれたのが、部品の状態にして販売し、少しでも利益を生むという、この事業です。私たちはエアライン系の商社ですから、販売先のエアラインの気持ちに寄り添った、ユーザー目線に立った仕事ができるのが、他の商社にはない強みだと自負しています」

今回は、退役した飛行機の、“第二の人生”を売り込む人たちの、仕事の流儀――。

航空機の部品調達は「安全運航に欠かせない」

「父親の仕事関係で、幼いときから飛行機を利用することが多く、航空業界に興味を持っていました。大学を卒業するときも航空関連の論文を書いたんです。そんななか、航空会社をルーツに持つ商社ということで、この会社に惹かれたんです」

2015年に全日空商事に入社した蓮沼は、その志望動機をこう語った。2019年入社の馬場もこう語る。

「東京2020オリンピック競技大会目前で、航空業界全体が盛り上がっていて。就職活動のなかでCAさんやグランドスタッフの方々の仕事も拝見しました。でも、同時にサービスの源を生み出し、支える全日空商事という会社の存在を知り、そちらにより強く惹かれたんです」

入社経緯を説明するなか、馬場が強調したのが、全日空商事のインターンシップでの経験。そこで垣間見(かいまみ)たのは航空業界、とくにANAの運航を支える同社の姿だった。

「もちろん、整備士の方やたくさんの方の力があって、ANAはお客様に安全運航を提供しています。そのためには弊社が担っている部品調達が、とても重要だということを知りました。私たちが送り届けた部品が、安全運航に欠かせない存在であるということを、目(ま)の当たりにしたんです」

全日空商事では、ANAが運航するうえで必要不可欠な航空機部品や機用品の調達も重要な仕事だ。

「全日空商事には二つの側面があります。一つはANAの運航に必要な部品等を調達する仕事。そして、もう一つの大きなミッションが、ANAグループ外との取引で収益を上げるというものです。私と馬場が籍を置く、退役機の部品を販売するチームもこれに当たります」(蓮沼)

退役機の部品以外にも、さまざまな商品を販売し、収益を上げている。

機内提供品の調達で築いたネットワークを活用し、日本酒蔵元の海外進出の支援なども、同社は手掛けている。意外なヒット商品としては、「A2Care」という除菌消臭剤もある。

「もともとは機内の除菌・消臭のため使用されていました。その効果が非常に高いことから評判を呼び、一般向けに販売し、人気を博しています」(馬場)

アイデアの出発点は飛行機。他の商社には真似のできない、エアライン系、ANAグループの商社としての強みが、ここにも見て取れる。

航空会社グループの「エアライン・マインド」が信頼感に繋がる

蓮沼や馬場が現在、担っている退役機の部品販売に関しても、ANAグループならではの強みがあるという。

「やはり、ANAブランドというのは大きいです。ANAの退役機からのものなど、私どもが提供する部品について、お客様からは『よくメンテナンスされている』という印象を持っていただけます。それに、私たちはANA向けの部品調達も担っています。他の航空会社のために部品を調達するときも、エアライン・マインド、航空会社の現場の気持ちをしっかり理解したうえで対応できる。そこは、他のサプライヤー以上に、信頼感を得られる点だと思っています」(蓮沼)

冒頭の退役機がそうだったように、ANAでの仕事を終えた航空機は、基本的にアメリカに渡る。カリフォルニア州のモハーヴェやヴィクターヴィルといった、機体の劣化を最小限に留められるとされる乾燥地帯にある空港に運ばれ、第二の人生をスタートさせるのだ。

全日空商事が買い付けた機体は、グループ企業の米国全日空商事のもとで解体され、部品のメンテナンスや管理、保全を行う。

およそ300万点もの部品が使われている航空機の中で、どんな部品のニーズが高いのか。「強(し)いてわかりやすい部品を挙げるなら」と、馬場が答えた。

「エンジンからの高温の空気を取り込み、機内で使用できる温度まで冷却をするエアサイクルマシン、空気循環装置があるんです。この機械は、連日高温に晒(さら)されることから消耗が早く、高価なことから、アフターマーケットでの需要は高いです」

さらに、「同じ退役機の部品でも、どのエアラインで飛んでいたのかによって、扱いやすさ、販売しやすさに違いがある」と馬場は言う。

「まず、ANAの退役機の部品は、メンテナンスが行き届いているものが多いです。また、ダメージがある場合でも、整備の方たちが過去にどんなメンテナンスをしてきたのか、その履歴や数値などのデータが残っています。そのため、ANAの退役機からの部品は、特に自信を持って販売することができます」

厳しい安全基準を設けて運航を続けているANA。退役し、部品になってもまだ、そこにANAクオリティは息付いていた。

「困ったときの全日空商事」と頼られるように

「私がいまの業務を担当するようになったのは2020年。ちょうどコロナ禍が始まったころで『これは大変な業務だな』、そう思いました」

蓮沼はこう言って、当時を振り返った。

「ご存知のように、ANAをはじめ、海外の航空会社も運航を止めざるを得ない事態になりました。自ずと航空機部品の需要も激減。ほぼ、業績ゼロという状態で引き継いだというのが実情でした」

それでも、蓮沼たちチームは前を向いた。

「ANAグループ全体が苦境に立たされるなか、我々もグループの一員ですから、少しでも外部収益を獲得し、グループに貢献したいと思いました。逆に言えば、貢献できるチャンスだと、考えたんです」

地道にマーケティングを重ねた。従来、ほとんど手付かずだったオセアニア地区の顧客開拓に取り組んだ。

「コンタクト先を調べるところから始めて、どんなニーズがあるのか、どうやったら関係性を深められるのか、その一つひとつのステップを踏んでいきました。おかげさまで、翌2021年、まだまだパンデミックの影響が強く残っていたなかでコロナ前の数字以上の業績を上げることができましたし、オセアニア地区は、いまでは重要顧客の一つになっています」

二人それぞれに、仕事のやりがいを尋ねた。蓮沼は「少なからず社会貢献できていると、自負しています」と話す。

「私たちが扱うのは、新品ではなく、退役機からの中古部品です。その観点からすると、いわゆるSDGs的な貢献ができる商品を販売していると思っています。それらの部品が、航空会社にしっかりと受け入れられ、使われる。中古品ということでエアラインとしてはコストも削減できる。そういったさまざまな貢献ができる仕事だということは、日々実感しています」

蓮沼には「日本を代表する企業」としての自負もある。

「アジア地域の航空業界の展示会がシンガポールで開催されています。そこに2022年、弊社は初出展。日本からの出展は私たちだけで、同業他社からも応援の言葉をいただきました。日本の商社として、しっかりアジアに向けてアピールできたことは嬉しかったですし、やりがいも感じました」

馬場は「やはり、私たちがエアライン系の商社ということに尽きると思います」と話す。

「先ほども話しましたが、母体が航空会社ということで、顧客の気持ちに寄り添うことができます。そうして築いた信頼関係の結果、取引先に出張し顔を合わせた際などに、部品調達の困りごとなども、気軽に相談していただけるようになってきました。将来的には“困ったときの全日空商事”と思ってもらえるよう、さらに関係性を深め、信頼できる商品を販売していきたいと思っています」