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アジアをリードするSAF導入、パイロットの燃料節減…持続可能な運航を目指して~翼の流儀

アジアをリードするSAF導入、パイロットの燃料節減…持続可能な運航を目指して~翼の流儀

ANA REPORT 翼の流儀

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「感慨深いですよ、私たちが長年、取り組んできたことが、また一つ、実を結んだわけですから」(ANA品質保証室品質企画部マネージャー・大石多聞)。10年以上かけて持続可能な航空燃料「SAF」の導入を推進した担い手はこう語った。さらにパイロットによって燃費節減への改善努力もおこなわれている。持続可能な社会に向けた取り組みを追った。

「今でこそ、SAFが認知され注目を集めていますけれど、ほんの数年前はまったくそのようなことがなく、『何を懸命にやってんの?』と、そんなふうに言われたものですよ(苦笑)」

羽田空港に隣接するANAの格納庫。整備中の旅客機の前で「Inspector(監査員)」と記されたキャップにベスト姿の男性は、こう言って、自嘲気味に笑みを漏らすのだった。

2022年11月14日。羽田空港59番スポットを定刻12時30分に出発したANAの253便は、乗客237人を乗せ、目的地・福岡に向けて悠然と離陸していった。ANAグループが常に心がけている定時運航だが、この日はいつもと少しばかり様子が違う。飛び立ったボーイング787の尾翼のロゴが、通常の青ではなく、緑に染め抜かれていたのだ。

じつはこの機体、ANAグループがサステナビリティ(持続可能性)をテーマに今年から就航させた特別塗装機「ANA Green jet(以下、グリーンジェット)」。この日、国内線に就航を果たしたのだ。

SDGsが叫ばれて久しい現在、航空会社も持続可能な社会を目指し、さまざまな取り組みをおこなっている。ANAグループが一丸となって、2050年度に二酸化炭素(CO2)排出量の実質ゼロを目指している。その取り組みの柱の一つが、冒頭で苦笑いを浮かべていた大石多聞(品質保証室品質企画部マネージャー)たちが担ってきた「SAF(Sustainable Aviation Fuel)」の導入だ。

「持続可能な航空燃料」を意味するSAF。かつては〝バイオ燃料〟とも呼ばれたバイオテクノロジーによる植物由来の燃料に加え、今ではさまざまな原料から製造されるに至り、ICAO(国際民間航空機関)やIATA(国際航空運送協会)が呼称をSAFと改めた。

SAFを航空機用のジェット燃料として使用するためには、国際規格に適合した安全性と品質があるかを確認する。次に、国際的な第三者認証機関によるライフサイクル評価(※)を受ける。ANAで実績のあるSAFは、既存のジェット燃料の使用時と比べ、およそ90%のCO2排出量の削減効果が証明されているが、これは〝原油の採掘から空港までの輸送〟と〝SAFの原材料の入手から空港までの輸送〟を比較したものだ。

※製品に関し、原材料の収集から製造、輸送、使用など全ての段階を通して環境影響を定量的、客観的に評価する手法

この日のグリーンジェットには、廃食油や動植物の油脂などを原材料にヨーロッパで精製されたSAFが10%相当、積み込まれていた。

「感慨深いですよ、私たちが長年、取り組んできたことが、また一つ、実を結んだわけですから」

大石はそう言って、どこか遠くを見るように視線を空に向けた。

未知の燃料を求めて

「1991年、新卒で入りました。大学では自動車のエンジンの設計やその性能などを研究していたんです。でも空港で出発する飛行機に向かって整備士が手を振るじゃないですか。あの姿に憧れてANAだけ受けたんです」

こう話す大石。いざ、入社してみると、航空機整備の仕事は多岐にわたっていた。入社後の数年は、航空機に触れることのないバックヤードの整備士として過ごした。その後は現場を離れ、格納庫にあるドックスタンドと呼ばれる足場の使用検討と導入、防除雪氷車両や飛行機を押し動かすためのタグ車と呼ばれる特殊車両の開発などを担っていた。

「空港で手を振るという入社時の夢は、叶わぬままなのです」

こう言って大石は、また笑みを漏らした。そののちに配属されたのが、総合安全推進室だった。

「トラブルが発生したときの調査や未然防止・再発防止を、さまざまな観点から検証する仕事でした。今思えば、それを機にIATAとの関係が深まった気がします。そして現在は航空燃料におけるIATAの認定監査員になったんです」

彼はANAの社員であるが、世界各国に200人、国内にはわずか6人しかいないIATAの認定監査員という肩書きも持つ。「Inspector(監査員)」のキャップやベストは、そのユニホームだ。

国際機関に認定された燃料のスペシャリストが、ANAグループのSAF導入チームの一翼を担うのは必然だった。しかし、当時はまだ社内外ともに「バイオ燃料? ホントに使えるの?」といった認識のほうが主だった。

「最初はルールブックを開くところから。世界の航空機メーカーとエンジンメーカーが認めた燃料の規格に本当に合致しているのか、その見極めが重要でした。国内にも取り組みを進める人たちはいましたが、実験室のビーカーや机上の化学式で『できそうだ』というレベルをあと一息で脱する頃でした。そのために、SAFの供給を始めていた欧米の企業のオフィスやラボに、何度も何度も足を運びました。先行する欧米企業の技術はパテント化され、そこはブラックボックスなのです。魔法の箱の中に原料を入れると魔法の油が出てくるという具合で、当然ノウハウまでは掴めないのです」

それでも、大石たちが現地に足繁く通ったことで、少しずつ数社のサプライヤーの信頼を勝ち取っていった。ときには、先方の研究者から〝門外不出〟のSAFのレシピブックを譲り受けたことも。

「本来なら、外部の者に軽々と渡すようなものではないはずです。でも、その研究者はそれを私に手渡すと『タモン、一緒に勉強していこう』と笑顔でした。これって信頼の証ですからね、本当に嬉しかったですよ」

こうしてANAグループは、まず2012年に世界初のSAFによる太平洋横断フライトを成功させ、2018年には初めて営業便にSAFを導入した。そして2020年、ヨーロッパからSAFを商業ベースで大量に輸入し、日本で初めて定期便での運用を開始した。そう、ANAグループはこの分野で常に、日本はもちろん、アジアの航空業界をリードし続けてきた。なかでも大石の印象に強く残っているのが、2019年のシアトルでのエピソードだ。

「私たちは真剣に先駆者でありたかったですから、常に前例がないことをしないといけなかった。電子メールや電話ではわからないことが多く、基本的にはすべての現場に出向くことにしたのです。2019年、まずシカゴのサプライヤーのラボに行って理論や仕組みを確認し、実際に『ニート』と呼ばれるSAFの原液を作るプラントで、その完成品を目の当たりにしました。このときのニートは排気ガスから作られたものでした」

シカゴで完成したニートをシアトルのボーイング社に運び込み、オレゴンから運び込んだ化石燃料とのブレンド工程にも立ち会った。

「ブレンド後のSAFは第三者検査機関に回され、OKという検査結果を受けて、ボーイング社のエンジニアと相互確認し、初めて正式にボーイング社に納品。最後に、同社の給油車両を使って私たちの新造機のボーイング777に搭載し、そのまま東京に向けて飛んだんです。一連の工程すべてをボーイング社のコーディネーターに同行してもらいました。結果、私たちの取り組みは同社のお墨付きを得て、我々は一つのノウハウを掴めたわけです。これは本当にANAグループにとって大きな財産になりました」

いま、世界ではSAFの争奪戦が巻き起こっている。

「さまざまなサプライヤーや研究機関から、売り込みもあれば働きかけもあります。その中で何より大切なのは、『いかに安く大量に入手できるか』ではなく、『確実に安全と品質を担保したものを安定的に入手できるか』なのです。言うまでもありませんが、決して譲ってはならない一線なんです」

『未来の燃料を普通の燃料に!』を合言葉に、国際規格が定める安全基準と品質基準を満たすSAF、そしてCO2削減効果を見込めるSAFを大石は探し続けている。

燃費向上への努力

「ANAには、私が副操縦士をしていた90年代半ばから、燃料効率化のプログラムはありました。当時からCO2排出量削減の意識は、決して低くなかったと思います」

こう語るのはボーイング777の機長・西川宗夫。自ら乗務をするかたわら「オペレーションサポートセンター」に所属し、効率的な飛行プログラムを意味するEFP(Efficient Flight Program)を推進する委員も務めている。

「EFPではパイロットができる燃料節減の施策を推し進めています。最適な高度や速度、コースなど、効率よく飛ぶための飛行計画を立てることはもちろん、実運航のなかでも、私たちは三大施策と呼んでいますが、主に3つの方法を推奨しています」

三大施策とは、【1】着陸時、滑走路の長さや状態について安全上問題がない場合、逆噴射を極力使わない「リバーサーの抑制」、【2】着陸後、誘導路(タクシー)に入ったら1つのエンジンを切る「ワン・エンジン・タクシー・イン」、そして【3】が「ノーマル・クライム」だ。

「飛行機はフラップを伸ばし、翼を大きくして離陸します。これは、翼面積を大きくすることで揚力を得て、短い滑走路などでも早く離陸できるメリットがあるいっぽう、空気抵抗も大きく、上昇の際にフラップを下げたままだと、抵抗のために燃料効率が悪くなります。そこで離陸後はできる限り早くフラップをたたみ、ノーマルな翼で効率よく上昇しましょう、と。これは降下時も同じで、フラップを伸ばすタイミングをわずかでも遅らせることで、燃費の向上、CO2排出量削減につなげています」

西川によれば、フラップを伸ばしたまま飛ぶ時間は、彼が副操縦士時代に比べ、格段に短くなっているという。

「高度にして2千フィートほどですから、当時と比べると1分半から2分ほどの差があるはずです」

そのほか降下中、飛行機の車輪(ランディングギア)を下ろすタイミングを安全上問題のない範囲で極力遅らせることで、余計な空気抵抗の発生を抑え、燃費向上につなげる試みもおこなわれている。

「もちろん、すべてに優先するのは安全運航。そこが少しでも欠損するようならEFPは後回しです」

西川らパイロットたちは、飛行の安全に気を配りつつ、細心の注意を払ってCO2排出量をミリ単位で削っている。いっぽう大石たちは先述のように、安全かつ、CO2削減効果の高い燃料を探し求め、日夜、地球の裏側まで駆けずり回っている。

しかし、考えてみれば、SDGsとは私たち一人ひとりの意識や行動が問われている〝地球的課題〟のはずだ。国や一企業、それに、そこで働く人だけに求められているものではない。

大石は言う。

「せめてANAの飛行機にご搭乗いただいたお客様には、私たちがみなさんと一緒にSDGsに貢献できるエアラインであるということを、頭の片隅にでも意識していただけると嬉しいですね」

撮影/水野竜也、取材・文/仲本剛