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万博の空に描く美しき8の字…“空飛ぶクルマ”がテイクオフ!2027年 ANAが実現目指す「エアタクシーサービス」

万博の空に描く美しき8の字…“空飛ぶクルマ”がテイクオフ!2027年 ANAが実現目指す「エアタクシーサービス」

ANA REPORT

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「万博会場での皆さまへの“お披露目”はANAにとってはもちろん、およそ9年前、この新規事業の立ち上げ当初から携わってきた私にとっても大きなマイルストーン。飛び立つ機体を目の当たりにしたら? きっと言葉にならない感動を覚えると思います。ただ、当日は現場を回すのに必死で、そんな感慨に浸る余裕はないかもしれません」

ANAホールディングス未来創造室モビリティ事業創造部の保理江裕己は、こう言って微笑んだ。
 
8月5日、ANAホールディングスとJoby Aviation(以下・Joby)は日本におけるエアタクシーサービス提供に向けて、合弁会社設立の本格検討を開始すると発表。次世代エアモビリティ「eVTOL」(電動垂直離着陸機、通称“空飛ぶクルマ”)を将来的に100機以上導入し、首都圏をはじめとした日本各地への展開を目指す。

これに先駆け9月下旬〜10月13日には、大阪・関西万博会場で、ANAの特別塗装を施した空飛ぶクルマ「Joby S4」のデモンストレーションフライトを行う。予定では万博会場西側に位置するeVTOLの離発着場「EXPO Vertiport」(モビリティエクスペリエンス)から離陸し、会場西側の海上を翼で揚力を得る完全遷移状態で水平飛行する。
 
「一日2回ほど、万博会場西側の海上を8の字にぐるぐると、高度300メートルで飛行する予定です。一回の飛行時間は10~20分。万博会場の西側、大屋根リングの上などから、実際に飛んでいる様子をご覧いただけると思います」(保理江)
 
そもそもANAは、いつからエアタクシーサービスの事業展開を目指していたのか。そして、それはいつ実現する見込みなのか。実現の暁には、いったいどんなシーンが、日本の空に広がるのか。

“お披露目”を目前に、同プロジェクトに当初から関わり、主に事業企画をリードする保理江と、正式にチームが発足した2022年以降メンバーに加わり、現在はオペレーション部門をリードする原口祐樹、2人に聞いた。
 
――いつから、ANAはエアタクシーサービスに着目してきたのでしょうか?
 
保理江 2016年、ANAグループ内の新規事業を開発する「デジタル・デザイン・ラボ」という部署が新たに立ち上がりました。そこでは、たとえば宇宙事業であったり、ドローンを活用した事業などが検討されてきましたが、翌2017年ごろから主要テーマの一つに“空飛ぶクルマ”も加え、本格的にリサーチを始めました。

そもそも「エアラインであるANAが行うべき新規事業とはなんだろう?」と考えたとき、ANAには約70年にわたって培ってきた安全運航に関する知見や、人材の力がある。そこを強みと捉えるなら、新しい空のモビリティを活用した新規事業がふさわしいのではないか、そんなふうに考えたわけです。ヘリコプターで空のサービスを始め、現在はジェット旅客機を運航しているANAが、今度はeVTOLを運航して街中で、お客様を高速でお運びする――。それが私たちが社会に提供できる新しい価値ではないかと思い至ったわけです。
 
――2022年、ANAは機体を製造するアメリカのベンチャー企業・Jobyとパートナーシップを結びます。そこに至る経緯を改めて教えてください。

保理江 私たちが本格的なリサーチに着手したころはすでに、eVTOLについては世界各国でさまざまなプロジェクトが走り始めていて、多くのベンチャー企業や大手の航空機メーカーまでもが、機体の開発を進めていました。私たちも数多くのeVTOLメーカーの調査・検討を繰り返しました。

そのなかで、当時から先頭を走っていたのがJobyだったのです。スタートアップとはいえ2009年に創業した彼らは、その時点ですでに10年近い技術の蓄積があり、実寸台サイズの機体の開発と試験飛行を進めていました。加えて、彼らを応援する企業のなかには、日本のトヨタ自動車もいた。それも、彼らの信頼度を高めてくれました。

さらに、Jobyは独自のビジネスモデルを築こうとしていました。航空機メーカーとエアラインのように、一般的には機体開発・製造と機体運航は別々なものですが、彼らは自らの手で運航も担おうとしていました。その点で、私たちANAと同じ目線を持っていると思えたのです。同じ立場で、ともに新たなマーケットを切り開いていける、それが、彼らとパートナーシップを結んだ最大の理由です。
 
――JobyのeVTOLはいつ完成したのでしょうか? また、保理江さんたちがその機体をご覧になったときの、率直な感想を教えてください。
 
保理江 私たちが本格的にリサーチを始めたころ、すでに試作機は完成していました。Jobyはずっと秘密裡に開発を進めていました。
 
原口 山奥の採石場のような場所を使って長年、遠隔操縦で試作機を飛ばしていたそうで、初めて訪問したときは驚きました。
 
保理江 初めて実機を目の当たりにしたのはカリフォルニア州、サンフランシスコ南部の空港の一角でした。第一印象は「美しい!」です。流体力学の極みというか。私は以前から、自然界では美しくなければ飛ぶことは適わない、そう思っていましたが、JobyのeVTOLは鳥のような曲線美で、まさに美しかった。
 
原口 私は純粋に「かっこいいな~」と。旅客機とはまるで違うフォルムの格好よさに、圧倒され、視察したANAの全員が興奮していたのをよく覚えています。

アメリカ・カリフォルニア州にあるJoby施設にて

――万博会場でデモフライトに臨む「Joby S4」、その美しく格好いい機体について、説明してください。
 
保理江 搭乗人数は5人です。1人がパイロット、その後ろに2席×2列、ですから、いわゆる3列シートですね。扉は左右に2つずつ。そこから乗り込んでいただきます。

最高速度は時速320キロほど。一度のチャージで飛べる航続距離は160キロ(100マイル)なので、東京の都心部から飛び立てば富士山の向こう側、静岡県の真ん中あたりまで飛べる。北に向かえば日光の先まで。東京を中心に関東圏はすっぽり、一度のチャージで飛行可能な範囲に入ります。高度は3千メートル、4千メートルと上昇できる性能がありますが、国土交通省航空局との調整の結果、万博では300メートルほどの高度での飛行を予定しています。

eVTOLは電気の力で飛びますから、排出されるCO2はゼロです。また、Jobyは独自の急速充電器を用意していて、詳細は言えませんがかなりの短時間、それこそ“あっという間”にフル充電が可能です。
 
原口 大きな回転翼のヘリコプターと違い、Jobyは6つのモーターで飛行します。離陸、上昇するときはモーターを上向きに、巡航するときはプロペラ機のようにモーターを前に向けます。また、6つあるモーターの1つが、万一トラブルで止まってしまったとしても、高い冗長性を発揮しバックアップが可能で、安全性も高レベルで担保されています。Jobyは試験飛行を繰り返し4万マイル以上、少なくとも地球1周以上の距離を飛ばしてきています。
 
保理江 高い安全性、それに、機体の部品点数が少ないことから高い経済性、さらにJobyの機体は、高い静粛性も実現しています。デモフライトを実際に見ていただいたらわかると思いますが、JobyのeVTOLは驚くほど静かに飛びます。というのもJobyは長年、NASAとともに音に関する研究も行ってきたのです。プロペラの形状、大きさ、機体に配置する場所まで、何をどうすれば静粛性を高められるのかを研究開発した末、たどり着いたのが現状の機体です。
 
原口 Jobyには音に関する専属の技術チームもあって、そこでは音量に限らず、地上の人が聞いて不快に感じない音に関する研究も進めています。単に音量を抑えるだけではなく、街に溶け込むような音にするなど、音質についても徹底的にこだわり抜いたと聞いています。

保理江 そもそも、モーターで駆動しますから、エンジンでプロペラを回すヘリコプターのような長い暖気運転も必要ありません。離陸前、少なくとも数分間はエンジンを回さなければならないヘリコプターと違い、JobyのeVTOLは起動後5秒で離陸可能です。音が限りなく少なくなることは将来、街中にVertiport(離発着場)を造るのに資する特徴だと思います。

――eVTOLを使ったエアタクシーサービスは、いつ、実現するのでしょうか?
 
保理江 私たちANAとJobyが共同で提供する、日本でのエアタクシーサービスは2027年度以降、まずは東京で始めたいと思っています。その後、大阪を中心とする関西圏そして全国にも展開していきたいです。
Joby自体はそれよりもさらに早い2026年、そう、来年にはドバイで、世界初の商用飛行開始を見込んでいます。現在はそのためのインフラ整備や、機体の開発を進めています。

万博会場で放映しているエアタクシーサービスのイメージ動画

――エアタクシー実現のために必要なインフラというのは?
 
保理江 必須なのはVertiport、eVTOL専用の離発着場ですが、面積、設置場所なども、ヘリポートとほぼ同じと思っていただいて結構です。ただ、これに関しては、ANAだけでは用意できませんので、東京都などの自治体や、野村不動産様などの大きな建物をお持ちの大手不動産企業や、イオンモール様といった大型ショッピングモールなどと連携して急ピッチで準備を進めようとしているところです。
サイズ的にはヘリポートと同等ですが、1時間に少なくとも数回、離発着が行われる、言わば新しい空港を街の中に作るようなものです。国からの制約や条件も課されますし、自治体はもちろん自治会、周辺の方々のご理解を得ないことには、前に進めることはできません。
 
原口 Vertiportを設置できる土地や建物を探すことは簡単なことではありませんし、その後も周辺住民の方々に受け入れてもいただけるよう、環境アセスメントや地域の理解促進など丁寧に進める必要があると思っています。
 
保理江 さまざまな分野の仕事をしているANAグループですが、さすがに空港を一から造るというのは初めてのこと。従来のANAにはない知見が必要で、他社にお願いするしかない部分も多い。そのため現在は、全国を飛び回って、自治体や各デベロッパー、設計事務所など様々なまちづくりを担う方々にご協力を仰いでいるところです。

ニューヨークの街中でのJobyテストフライト

――次に必要なのが、人材の確保でしょうか?
 
原口 おっしゃる通りで、インフラの次の課題が人材の確保です。エアラインと同じように、安全運航を担保するためには、パイロットや整備士、運航管理者といった人材を揃え、体制を構築して、オペレーションを回せるようにしていくのが次のフェーズで、そこへ向けての準備も始めているところです。

例えばパイロットは、多様なリソースを組み合わせることも考えており、エアタクシーという新しい事業に興味を持ってくださる「事業用操縦士」の有資格者の方々を広く募っていきたい。ただ、航空業界自体も乗務員や整備士など人材が不足しているのが現状で、簡単なことではないという認識も持っています。

さらに将来、eVTOLが高頻度で飛び始める前に、管制や空域のルール作りも必要になると思っており、まさに航空局とその議論も始めたところです。

保理江 課題は決して少なくはありませんが、一つひとつしっかりクリアして、エアタクシーサービスの実現を図っていこうと考えています。
 
――課題克服ののち、いよいよ日本の空をエアタクシーが飛ぶことになる?
 
保理江 それが2027年以降と思っています。
最初は都内の主なターミナル駅周辺に設けたVertiportと、羽田や成田といった空港を繋いでいきたい。たとえば東京の西部、多摩川沿いの町々から羽田空港へは電車移動の場合、いったん都心部に出て、品川や浜松町経由で向かうなど、同じ都内とはいえ少々不便です。それが、エアタクシーでしたら多摩川に沿って飛行すれば一気にポンと、10分15分ほどの所要時間で羽田に到着できる。これだけ交通網が発達した東京でも、点から点への移動を考えた場合、決して便がよいといえない場所を繋ぐことができる、それがエアタクシーの利点だと考えています。

――運賃は、いくらぐらいを想定していますか?

保理江 都心から成田空港はおよそ60キロ。陸路のタクシー料金も3万円ほどですから、将来的には同程度の料金でお運びしたいと思っています。
 
原口 羽田や成田へのアクセスが向上し、各空港が近くなれば、空港の価値も上がると考えています。これまで、空港や飛行機に縁遠かった方々が、思い立ったら短時間で空港まで足を運べるとご理解されたら、空港に魅力を感じていただける方も増えると思いますし、空港とダイレクトに繋がることができると街の魅力も向上すると思います。このあたりがエアタクシーが提供できる、わかりやすい新たな価値じゃないかと思うのです。
 
――海外からの来日客も大いに利用しそうです。
 
保理江 空港から都心への移動はもちろんですが、東京からのワンデートリップなどにも活用していただけると思います。例えば、人気の富士山まで、都内からですと、これまでは往復だけで4時間ほどは要していたと思いますが、エアタクシーなら片道わずか20分です。しかも、渋滞知らずで移動できるので、到着時間をきっちり読むことができる。それも新たな価値のご提供になると思っています。

事業構築担当の保理江(右)とオペレーション担当の原口(写真:中川典亮)

2人の取材は、東京・汐留にあるANAの本社で行われた。
インタビューの途中「スマホのアプリひとつで予約して乗ることができる、エアタクシーはそんな乗りものにしていきたい」と力を込めた保理江は、高層階の窓から外を眺め、不意に頬を緩めるのだった。

「妄想して、ワクワクしているんです。この窓の外を飛んでいる、私たちのエアタクシーの姿を」

もう間もなく、彼のその妄想は現実のものとなる。

JobyAviation社とANAのチーム「エアタクシー」メンバー(2024年9月、万博会場視察後のミーティング時)

取材・文 仲本剛