商都ムンバイに集う布たち 手工芸の素晴らしさを残していくために 西インド1
インドの西の果て、パキスタンとの国境に近いカッチ地方。世界的に名高い手工芸を特産とする村々をめぐりながら、移動する民、伝統と進化、食と信仰など、様々な要素が織りなす旅のタペストリーを藤代冥砂が語り紡ぐ。
ムンバイからエレファンタ島への船着場で氷を積み込む船員の手元
いつかはインドへ
「呼ばれた者だけがインドへ行ける」
かつてそんな言葉がまことしやかに旅人の間で交わされていた。インドという国には、何やら神秘的なベールがあり、気軽にひょいと行ってはいけないムードがあった。
地勢的には亜大陸と呼ばれるほどインドは大きい。それは単純に見どころの数と比例する。幾多の世界遺産、様々な文化・宗教・歴史の織りなす魅力的な遺跡や建築と音楽、食事の豊かさ。熱帯からヒマラヤ、砂漠までを擁する大自然の雄大さ。アーユルベーダやヨガに代表される健康と美容へのフック。
こんな魅惑的な国を訪れない手はないだろう。「呼ばれてなくてもインドに行きたい」でいいのではないか。
私自身は三十年来のインド好きだが、今回の旅で「インドは旅がしやすくなった」とその変化に少なからず驚いた。交通、衛生面での心配も減った。タクシーはもちろんトゥクトゥクもスマホで呼び出せるし、キャッシュレス払いも普及している。休息と睡眠をたっぷり取るという旅の鉄則をしっかり守れば、体調を案じることもない。さあ、インドへ。
大商都ムンバイ
ムンバイの象徴の一つ、インド門。国内の旅行者にも人気
今回の旅の目的はインドの手工芸、とりわけ西インド・カッチ地方の布文化であった。
繰り返すがインドは大きい。東西南北様々な土地の布には、それぞれに特徴がある。全体像を学ぶには博物館に行くのも手だが、新しい動きを知るには街を歩くのがいい。
インド随一の商都ムンバイには様々な布製品が全土から集まる。市中のおしゃれ地区カラ・ゴーダにある「アルチザン」は目利きのセレクトによる現代のインド布や様々な手工芸品が並ぶ店。併設されている洗練されたギャラリーは扱う品々もモダンでセンスがいい。
アルチザンの店内の一部。選りすぐりの逸品がインド全土から
今回の目的地カッチ地方の予習として訪れたアルチザンだったが、インド選抜品を眺めているうちに一枚のストールを買ってしまっていた。野生蚕(やせいかいこ)のタッサーシルクをブロックプリントで染め、さらにコルカタの超微細な刺繍がぎっしりと施されている。本当は純カッチものを手に入れたかったのだが、出会いばかりは仕方がない。
店主のラディ・パレキさんは、伝統的な手工芸を残すための取り組みとして「職人の生活を支える経済面でのシステム作り、手工芸の素晴らしさを国内外の消費者に気づかせる啓発と教育、そして職人の質の維持と向上」を穏やかな口調で挙げていた。
ムンバイ、アルチザンの店主ラディ・パレキさん
小柄で品のいいラディさんは伝統工芸の存続に関わる大変な役割を背負っているのに気負いを全く感じさせず、優雅な佇(たたず)まいと微笑(ほほえ)みで淡々と語る。それは、強い意志と行動とは人に鎧を着せずに、逆にかくも穏やかにするものかと思わせる姿であった。
Artisan’ Art Gallery & SHOP(アルチザン アートギャラリー&ショップ)
ガラゴーダ芸術地区の中心部にあるラディ・パレキさんが主宰するアートギャラリー&ショップ
52-56 Dr V B Gandhi Lane Kala Ghoda Mumbai
Tel ∔91 98201 45397
藤代冥砂(ふじしろ・めいさ)
葉山、沖縄暮らしを経て、現在東京町田市在住。主に写真家、小説家、エッセイストとして活動中。自身の写真を用いたフォトアパレルブランドPIP(meisapip.thebase.in)のディレクション、YouTubeチャンネル(@MFUJISHIRO)も手がける。瞑想のインストラクターとしても知られる。
案内人 山本束花咲(やまもと・つかさ)
2008年に訪れたカッチで、多様な文化が生みだす手しごとの美しさに衝撃を受け、そこに暮らし伝統を繋いできた人々の純粋さと温かさに魅了される。ライフワークへの昇華を模索する中で服作りと出会い才能が開花。Flower of Tripデザイナーとして旅を続けながら、纏う人の個性が輝く服を、主にオーダーメイドで制作している。
Instagram @flower_of_trip
写真・文 藤代冥砂
編集 中野桜子
案内人 山本束花咲
Special Thanks 寿枝/印度手染織布探求者・通訳者・ヨーギニー、Imran Manjothi/ガイド(Kutch Safari Tours)