葬儀場がカルチャーセンターに 市民と市長がアートで育むパリの新スポット
ル・サンキャトルは、パリの外れの19区に位置する、市のカルチャーセンターのような場所。サン・キャトルとは、フランス語で数字の「104」。ここはオーベルビリエ通りの104(サン・キャトル)番地に建つ。
建物は立派で、まずその天井の高さ、空間の広さに驚く。開放的な空間には、各々がみな別々のことに黙々と取り組んでいる。ブレイクダンスをする人もいれば、社交ダンス、バレエを練習する人、演劇の練習をするグループ、ジャグリングの練習に励むチーム……みな、自分の世界に没頭している。建物全体が多目的スペースで、入場は無料。好きなときに来て好きなだけしたいことをする。多彩で多様な表現者が多いパリジャンたちの練習風景を見ているだけで楽しくなる。
サンキャトルはその建築のところどころにアートが散りばめられていたり、人々の活気に溢れたとても明るい空間なだけに驚いたのが、ここは昔、“葬儀場”だったというのだ。
1874年に建ち1998年に閉鎖されたパリ市営の“葬儀場”で、元の建物は、パリの歴史的建造物に指定されており、2008年にその様式をできるだけ残して生まれ変わった。展示・イベントスペース・カフェ・ショップを持つ多目的文化センターとしてオープンし、パリの中でも郊外にありながら続々と人が集まる場所になったという。
19区は、それまではあまり治安のよくない地域だったというのだ。指揮した市長の考えには、アートに触れることができる施設をこの地区に造ることで、市民の生活をより豊かで安全なものにしたいという狙いがあったと言う。平和や豊かさの根源はアートや美しさを慈しむ心にある、と考えるフランス人の「アール・ド・ヴィーヴル」がまさに成功を導いている。
年間約60万人が利用するというサンキュトルで働く広報担当の方にこの空間について尋ねると、
「ここは文化と芸術の行き交う場所。ここに芸術作品を作るためにやってくる人もいるし、近隣に住む人たちのふらっと立ち寄れる場所としても機能したい。特に何の目的がなくても、来て欲しいんです。
リハーサルルームのレンタル料もとても安い(1〜2ユーロ)し、0歳から参加できる幼児向けのイベントも盛ん。週末はビオマルシェに人が集まったり、コンサートやお芝居をやる週もあるんですよ。
常にオープンで迎えたいので、フリースペースの予約はいりません。ルールもなし。もちろん、他の人に迷惑をかけない、音量に気をつける、などの最低限のことを守ってもらえれば、利用者たちが使い方を自分でコントロールして欲しいんです。アマチュアもプロも両方同じ空間にいて、それぞれの使い方があっていい。来た人は全員ウェルカムしたいと思っています」。
ルールを設けないことのほうが使用法が難しいと考えてしまいがちな日本人の中には驚く人もいるかもしれないが、この施設で自分の芸術に向き合う一人一人の熱量を見れば、ルールがなくても秩序が生まれていることがわかるだろう。