ノンアルビールがおいしい ドイツ・ミュンヘン世界最古の醸造所が変えた常識

ミュンヘン特集記事「ミュンヘンから届く“世界最古のビール” おいしさの秘訣は産学連携で進化する歴史」でも触れた、世界最古のビール醸造所—ヴァイエンシュテファン。実は、近年美味しくなったと話題のノンアルコールビール、その製法技術の革新にもこの醸造所が関わっている。昔からノンアルコールビールを飲んできた人なら、きっと納得してくれるはずだが、かつてのノンアルコールビールは…正直、飲めたものではなかった。そう思っているのは自分だけではないはず。ところが近年、その味が劇的に変化。実に美味しくなっている。


細かい技術的な話は抜きにして、かつてのノンアルコールビールは甘く、カロリーも高めなものばかり。しかしその味を変えようと開発されたのが、「一度発酵させた後にアルコールを抜く」という新しい製法。シンプルに説明すると、「まず美味しいビールを作り、そこからアルコールだけを取り除く」。これが現在のノンアルコールビールを美味しく進化させた革新だったのだ。


約30年前に生まれたこの世界初の技術は、多くのビールメーカーへと広まり、今日ではノンアルコールビールが「普通に美味しいもの」となっている。ちなみに、ドイツで販売されているキリンビールは2010年からこのヴァイエンシュテファンの工場で製造されているという。この技術が誕生した30年前—当時、ノンアルコールビールの市場規模はごくわずかだった。それでも美味しいノンアルコールビール作りに挑戦したヴァイエンシュテファン醸造所。世界最古の醸造所が、なぜこれほど画期的な技術を次々と生み出してきたのか?
「歴史から学ぶことは重要です。伝統があるほど、そこから得られる知識は多い。しかし、それは“古いものを守る”という意味ではありません。私たちにとって大切なのは、1000年前から受け継がれる“良いビールを作る”という哲学。それを未来へと繋げていくこと。それこそが私たちの哲学であり、製品づくりの根幹にあるのです」(広報:アントン・ヒルシュフェルト氏)。


世界最古のビール醸造所が生み出した、世界最新の技術。そのDNAは私たちが日常的に飲むノンアルコールビールにも、しっかりと受け継がれているというわけだ。ちなみに、この技術、特許は取得していない。その理由を尋ねると、返ってきたのは驚きの答え。「ビールは公共性の高いものだから」。つまり、ビールはみんなのもの。なんという太っ腹!


約1000年前、この地に立っていた修道院から始まった醸造所—ヴァイエンシュテファン。今でも郊外の山の上にある、かつて修道院があった場所で操業を続けている。だが、なぜ山の上という不便な立地で操業を続けているのか?
その答えは、ビールと自然の関係にある。冷却システムが存在しなかった時代、涼しい山の上はビール作りに適していた。当然飲むのも涼しい場所がいい。涼しい場所…山の上や自然の中で飲むようになり、それが今日のビアガーデンの原型となった。「つまり、ドイツ人にとってビアガーデンでビールを飲むということ。それは伝統的に自然と親しむという同義語でもあるのです」(前出:アントン・ヒルシュフェルト氏)。なるほど…ドイツの人々にとって、ビアガーデンはただの飲みの場ではない。それは、グリーンカルチャーを体現する場所でもあるということか。
取材・文 山下マヌー
写真 Dice.M.P.