地中海から世界に問う 建築までも商業主義に偏っていいのかー魂を育む空間づくり
「地中海の中心に位置するマルタ島は、長い時間をかけて北と南の両方からさまざまな文化を吸収してきました。これは弱さではなく、むしろマルタの強みです。多様な影響を統合し、変化の中に連続性を見出す――それが私の建築哲学でもあります」
そう語るのは、国際建築アカデミー賞をはじめとする数々の栄誉に輝いた、マルタ在住の建築家リチャード・イングランド氏である。
世界で活躍する彼の目を通して見る、マルタと世界の未来を語ってもらった。

彼にとって建築とは、「過去を尊重し、そこに新しさを重ねるような行為であり、変化の中に連続性を見出す試み」である。「ある場所を知るためには、その歴史のニーモニックな層(場所の記憶を喚起させる層)を知らなければならない」と信念を深めてきたのは、世界各地で活動してきた彼だからこそ言えることでもある。
グローバル化が進む現代において、イングランド氏はローカルな視点の重要性を強調する。
「世界がグローバルな村になるにつれ、それぞれの場所特有の精神を保つことが不可欠になっている」という彼の言葉は、画一化への警鐘でもある。
「マルタで育つものがラップランドでは育たないように」、建築もまたその土地の文脈から切り離せない…この認識こそが、彼の作品の根幹を成しているようにも思える。
各国での経験は、単にマルタでの実践に影響を与えるだけではなく、それぞれの国での仕事のルーツとなり、多様な文化と出会い混ざり合うことで、彼の創造力をさらに刺激している。


「元来、形は機能に従うと言われてきた。しかし、今日では形は金融に従うというのが真実である」
現代建築の潮流に対して警鐘を鳴らす彼の視点は、商業主義に支配されつつある建築の現状を鋭く批判している。マモン(富の神)の塔が信仰の尖塔を凌駕する時代において、建築家の使命とは何か――彼は「精神を豊かにし、魂を高める建物や空間」の創造にこそ、本来の価値があると主張する。実用性だけでなく、詩的な要素を加えることで、人々の生活の質を向上させる責任が建築家にはあるのだ、という信念を彼は抱き続けている。


彼の視線は建築を超え、環境問題へと向かう。「あらゆるものの値段は知っているが、何もないことの価値を忘れている時代だ」
彼の言葉は、現代社会の矛盾を鋭く突いている。
地球温暖化の抑制やエネルギー消費の削減は、建築家の責務でもあると説く彼は「地球に優しく接する方法を学び直す」必要性を強調する。
「建築物が私たちを形作るのならば、建築家は単に美しい建物を設計するだけでなく、持続可能な未来を構築する重要な役割を担っている」
空間を通じて気分や生活の質に影響を与えるからこそ、「建築は社会的な責任を伴う行為」でもあるのだ。


イングランド氏の視点は、過去と未来、そしてマルタと世界をつなぎ続けている。
彼の建築哲学は単なる空間のデザインではなく、そこに住まう人々の精神性や、持続可能な未来へのビジョンを内包しているのだ。

取材・文 山下マヌー
写真 尾嶝太
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