10代目が描く都市農の未来 有機栽培にこだわり採れたて野菜を提供
ミシュランの星の数をはじめ、そのクオリティと多様性で「食の都」とまでいわれるようになった東京。最先端のレストランが続々と都心に生まれる中で見過ごされがちだが、東京の食の底力は、「食の伝統」の豊かな進化にこそある。
メトロポリタンでありながらも、一地方都市でもある東京の重層的な食文化を老舗、問屋、都市農家、仲卸の4つの「変わらない東京」にスポットを当てて繙(ひもと)く。
板橋区で江戸時代から10代続く農家
江戸時代の東京は、約4割以上が農地だったといわれているが、時代と共に都市化が進むにつれ、生産緑地は減る一方。そんななか、東京23区内の住宅街の真ん中で、江戸時代から10代続く農家が板橋区にある。都営三田線蓮根駅から徒歩6分。住宅街の中にある3反(約3,000㎡)の農園で、少量多品目、無農薬・無化学肥料で栽培している。取材時はちょうどニンニクの収穫期で、手前はじゃがいもの花。農地の一角では日本ミツバチの養蜂をし、養鶏も始めてオランダ原産の「ネラ」を飼っている。
もっと暮らしの身近に農を
「昔から地元では川口農園として親しまれていましたが、2019年に100%有機栽培に転向したのを機に、『THE HASUNE FARM』と屋号をつけました。住宅街にある畑だからこそ、地域の人と繋がりながら作物を育てていくことができる。そんな都市農地の意義を多くの人たちと共有していきたいと思っています」と10代目の川口真由美さんは言う。
幼稚園や保育園向けに農業体験を開催したり、週2回援農ボランティアを募集。火・木・土曜の9:00~12:00オープン畑の直売所では、オーダーを受け、その場で野菜を収穫して販売したり、客の収穫体験にも対応する。
「農業に縁がない人にも、気軽に農作業を体験してほしい思ったんです。農って本来は暮らしの身近にあるものですから」と言うのは、脱サラをして専業農家になった農場長の冨永悠さん。畑に人を呼び込むため、さまざまなイベントも開催している。
ラボで採れたての野菜を提供
2021年には、食を通して都市農地の魅力と価値を発信する場として、畑から徒歩3分の場所に「PLANT」を開いた。自宅に招かれたようなオープンキッチンでは、開店当初から定期的に畑の野菜で料理をしてきた白石貴之シェフが絶賛調理中。
「畑で使えそうなものを見つけると単純にうれしいし楽しい。料理のイメージも湧きやすいんです」と笑顔で語る。
左は熊本あか牛の炭火焼に畑で収穫したズッキーニの花のフリットを添えて。ソースは、発酵バターを作る際に廃棄されてしまう液体に牛のだしを加えたもの。右は、新玉ねぎのブランマンジェ。畑のルッコラの花をトッピング。
「採れたての野菜を提供する実験場を作りたかったんです。フリーランスのシェフにポップアップで料理をしてもらったり、料理教室を開いたり。畑のスタッフが作る野菜料理を提供するカジュアルな『畑のまかない食堂』になることもあります。あまり枠に縛れず、この場をうまく活用しながら、都市農業の価値を発信していけたらいいと思っています」(川口さん)
THE HASUNE FARM
Instagram @the_hasune_farm
PLANT
写真 長野陽一
取材・文・構成 和田紀子
東京への翼
東京へはANA便で羽田空港へ