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曇天のロンドンで出会った永遠の一枚 70年代の『少女アリス』

曇天のロンドンで出会った永遠の一枚 70年代の『少女アリス』

LIFE STYLE 旅の出会い

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才人が旅先で出会った忘れえぬ光景を綴る。今回は、魔法のように被写体の瑞々しい表情を切り取る写真家。

写真・案内人 沢渡 朔

40年、東京都生まれ。日本大学藝術学部在学中より写真雑誌などで作品発表を始める。デザイン会社勤務を経て、66年よりフリーの写真家に。73年、『nadia 森の人形館』(毎日新聞社)発表。同年12月に『少女アリス』(河出書房新社)を刊行し、この2つの写真展と写真集の成功で一躍脚光を浴びる。今年4月、東京の『AKIO NAGASAWA GALLERY』にて新作の写真展と、写真集の刊行を予定。

1973年の秋、僕は生まれて初めてイギリスに渡りました。その年のクリスマスに、東京の百貨店で企画されていた展覧会と、同時に刊行する写真集の作品を撮影するための旅でした。

出発前、知人たちからは「食べ物はまずいし、天気も良くない」と聞かされていました。いざ、渡英してみると本当に連日、曇天ばかり。食事のほうも概ね前評判通りでした。

それでも70年代の、時代の最先端を行く街は、遠い異国から来た者の目にはキラキラと輝いて見えました。到着するなり踵(かかと)が10センチはあろうかというロンドン・ブーツを購入し、裾が大きく広がったベルボトムをは穿(は)いて、僕は昂(たか)ぶりを覚えながら撮影に臨んだものです。

なにより……。モデルを務めてくれたイギリス人の少女が圧倒的に魅力的でした。加えてThe Beatlesが立ち上げた音楽レーベルで仕事をしていたという現地スタッフはとてつもなく優秀で、シャッターを切り始めて早々に、僕は成功を確信していました。

美しい少女と素晴らしい才能、そしてロンドンという街と出会えたことで生まれたもの、それが『少女アリス』という作品だったのです。