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フランク・シナトラとの“出会い”が脳神経外科医の人生を変える

フランク・シナトラとの“出会い”が脳神経外科医の人生を変える

LIFE STYLE 雲の上の診察室

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いまから四半世紀ほど前の南カリフォルニアで、私は貴重な出会いを経験しました。

以前にもここで書いたように、私はある時期、パームスプリングスで開催される米国の頭痛専門医の講習会に、毎年のように通っていました。ある年、休みを利用して現地をドライブしていたところ、広々として芝生が美しい霊園に迷い込んでしまいました。

縁もゆかりもない人々が眠る場所です。早々に退散しようと園内を車で走っていると、多くの墓にまじって一つだけ、墓石の脇にアメリカ国旗が飾られた、雰囲気が少々異なる墓を見つけました。なぜかしら引き付けられるような心持ちで車を停めました。歩み寄り墓標を見ると、そこには 「FRANCIS ALBERT SINATRA」 という墓碑銘が刻まれていました。そう、かの有名なフランク・シナトラのお墓だったのです。

翌日、講習会スタッフに、偶然シナトラのお墓を見つけた旨を告げると、その人はこんなことを教えてくれました。「生前、彼は子どものための医療施設を建てたり、病院に途方もない額の寄付をしていた」と。

意外でした。シナトラといえば名曲「マイ・ウェイ」を歌った人というイメージしか、私は持ち合わせていなかったからです。感銘を受け、そして、深く考えさせられました。

当時の私は医師として自信を持ち始めたころ。若かったこともあり、少し天狗になっていたのかもしれません。その伸びた鼻をへし折られた気がしたのです。本来、医療とは無関係なはずのシナトラが、悩める人々に温かな手を差し伸べていた。医療者の端くれである私も、いや私こそが、そのような心がけでいなければ……。

大切なことを思い返す機会を私にくれたのが、この〝シナトラとの出会い〞だったのです。

笑顔になる処方箋

旅の出会いが、その後の人生を左右することもある

脳神経外科医・清水俊彦(しみず・としひこ)

脳神経外科医。医学博士。1958年、京都府生まれ。日本医科大学医学部卒業、東京女子医科大学大学院博士課程卒業。現在、東京女子医科大学をはじめとする複数のクリニックで頭痛外来を担当し、一日あたり数百人の患者さんを診察する、頭痛研究の第一人者。著書やメディアへの出演も数多い。

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