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とろり なめらか名湯ぞろい 開湯610年の山口最古の温泉郷

とろり なめらか名湯ぞろい 開湯610年の山口最古の温泉郷

LIFE STYLE 旅で潤う

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本州の最西端、山口県北部の山間にある長門湯本温泉は、610年の歴史を持つ県内最古の温泉郷。町を流れる音信川(おとずれがわ)を中心に広がる風情のある温泉街には、神授の湯として伝わる立ち寄り湯「恩湯(おんとう)」や無料の足湯があり、とろりと滑(なめ)らかな県内屈指の名湯に親しむことができます。

今回訪れたのは、そんな古きよき湯治場で、140年以上続く老舗旅館『大谷山荘』。総部屋数98室を有するこちらで、露天風呂を備えた21室の客室は全て源泉かけ流し。なかでも、約120㎡の広さを誇るスイートルーム「大谷山荘スイート」には、プライベートサウナが備えられ、水風呂やテラスの外気浴を心ゆくまで楽しめます。

圧巻なのは、眼前に広がる長門の自然。木々の緑に包まれながら森林浴気分で湯浴みを満喫し、滝のせせらぎに癒され、美味しい空気を吸って、テラスで過ごす時間は至福のひととき。また、景観に調和するように造られた大浴場は、自然と一体化できる絶景が広がります。

「長門のよさは、過度に商業的な観光地化のされていないところです。山、川、海と豊かな自然のなかで、オーバーツーリズムとは無縁の静かな時間を過ごすことができます。夏は、清流を眺めながら、川床テラスで涼むのもおすすめですよ」と、5代目社長の大谷和弘さん。山の緑が深まる夏に訪れたい温泉宿がまた一つできました。

“神授の湯”伝説と恩湯の歴史

山口宇部空港から車で約1時間10分、福岡の北九州空港からも約1時間30分という距離にある長門湯本温泉。開湯は今から約610年前と言われ、その歴史は室町時代にさかのぼる。

「長門湯本温泉から約1キロメートル、車で3分ほどの山間に、『大寧寺(たいねいじ)』という曹洞宗屈指の名刹があり、創建は1410年(応永17年)と伝えられています。開湯伝説と言うと、動物をはじめ、僧侶や武将が湯に浸かって平癒したという逸話が多く見受けられます。長門湯本温泉の場合は、大寧寺の第3世住職の定庵(じょうあん)禅師がある夜、境内で住吉神社長門国一宮を棲家とする老人に出会ったところから始まります。

老人はお寺に幾度となく通い、最終的に住職は、その老人に仏教を伝授し、錦の袈裟(けさ)を贈ります。すると、老人はいたく喜び、その恩に報いるため、『温泉を湧かしておきましたのでご利用ください』と告げ、竜の姿になって雲の上に消えていったと伝えられています。

“神授の湯”の伝説は600以上たった今もこの地に残り、長門湯本温泉のシンボルでもある『恩湯』では、住吉大明神が祀られています。泉源の所有は、いまも大寧寺です」(大谷さん・以下同)

江戸時代には、長州藩主も湯治に訪れた由緒ある温泉地として栄えた長門湯本温泉。長年、地元の人々に愛されてきた『恩湯』も時代とともに公共浴場としての役割が薄れていった。

「昔は、日常生活の中で住民の方々は恩湯を利用していたので、家にお風呂はありませんでしたし、旅館も同様に大浴場を備えてなかったので、宿泊客はみんな浴衣姿で恩湯に行っていたんです。昭和26年くらいまでは、地域の温泉組合で、恩湯の経営をしており、大正モダン風の建物から和風建築に建て替えたり、時代に合わせて建築様式も生まれ変わっていきました。残っている写真を見ても、これくらいまでは建物にも威厳がありました。

ところが、高度経済成長期に入ると、多くの人が温泉街を訪れるようになり、旅館は木造から鉄筋コンクリート構造の建築とシフトし、温浴施設も備えるようになりました。そして、温泉組合は解散し、恩湯の管理は行政に渡ることとなり、60年もたつともう、建物も設備も見る影もない状態になってしまいました。少ない利用料ではメンテナンスはできないし、老朽化は進むばかり。

そして、インターネットの時代を迎え、個々のスタイルが発揮しやすい時代となり、旅行も団体から個人に変化していく中、温泉街自体が徐々に活気を失い、老舗旅館が廃業。建物解体後、かなりの遊休地になってしまったんです。そこで長門市は、星野リゾートを誘致することを決断。2016年から温泉街再生プロジェクトがスタートしました」

2017年に恩湯の公設公営での営業を終了。今後は民間事業者の手に委ねられることになった。そのなかで、600年以上にわたって受け継がれてきた恩湯は、自分たちの手で守るべきではないかと、大谷さんら地元旅館の若手後継者や飲食店経営者などで「長門湯守(ゆもり)」を結成。恩湯の建て替えを進め、運営を担うことに。

そうして、2020年3月にリニューアルオープンした恩湯。日本伝統の様式美を感じさせる平屋造りで、地元の生活者と観光客がともに楽しむパプリックスペースへと生まれ変わった。

岩盤から湧き出る生まれたての温泉

恩湯の建物は泉源のある岩盤の真上に建てられ、岩盤から湧き出るお湯を眺めながら温泉に浸かることができる、全国でもめずらしい施設だ。自然湧出の形態を保っているため、温泉の鮮度と質は何よりの自慢。足元湧出温泉もあり、空気に触れずに浴槽の下より温泉が注がれるため、生まれたての温泉が味わえる。源泉掛け流しで温泉を新鮮な状態を保つため、湯量に合わせて浴槽を狭くした(男女各8平方メートル)。

「日本の多くの温泉は掘削動力揚温泉です。自力で地表に湧出できないためパイプを差してポンプなどの動力装置を付けて汲み上げますが、恩湯は浴室内にある自然湧出泉です。岩の割れ目から自然の力で温泉が湧き出てきて、そのまま浴槽に注ぎ込まれていきます。なので、酸化のしていない、鮮度抜群の温泉がお楽しみいただけます」

泉質は、アルカリ性単純温泉ですべすべした肌触りが楽しめる美肌の湯。規定の含有量には満たないが、ほんのりと硫黄の香りがするのは泉源が近いからだいう。

「泉源の温度は39度なので、浴槽に入ると少し下がって37〜38度ほど。源泉の温度をほとんどコントロールすることなく、人間の体感温度になります。これを〈不感温浴〉と言い、体温に近い温度に浸かることの何がよいかと言いますと、エネルギーの消費量を抑えられるので体に負担がかからない。いくらでも長湯ができる。で、長湯すると、皮膚から温泉成分がじんわり入ってくるので、36度とか37度のときでも体の芯から温まります。冬場でも湯上がりはポカポカですよ」

進化を続ける名宿にサウナ付きスイートがオープン

1881年(明治14年)に創業した山口県を代表する名宿「大谷山荘」。1960年(昭和35年)に現在の深川湯本に「大谷山荘」として移転後も、移りゆく時代に応じて進化を続けてきた。

最近では2023年の夏、曙館に全23室の客室をリニューアルオープン。源泉かけ流し露天風呂やサウナ、水風呂を備えた「大谷山荘スイート」(全2室)、滝が流れる庭園側に位置する源泉かけ流し露天風呂付き客室「ガーデンジュニアスイート」(全1室)、琉球畳にベッドを配した和モダンツインの「曙プレミアム」(全20室)の計3タイプが誕生した。建築の設計コンセプトは、〈長門の自然と日本建築との調和〉だ。

「当館は、河畔の宿ということもあり、川側の客室の眺望がいい。お客様も川側のお部屋を好まれる方が多いです。しかし、川側の客室というのは、川の対岸に遊歩道があったり、車が通ったりして、人目が気になるもの。それに対して山側のお部屋は、裸になるのをはばかることもなく、自然体でいられます。なによりも、大谷山荘と、山の荘という名前を付けた当館の原点回帰になると思いました。そこで今回のリニューアルでは、長門の豊かな自然は山にこそ素晴らしい魅力があるということも知っていただけるように、『山に抱かれる部屋』をつくることをテーマにしました。山の緑が飛び込んでくるようなテラスを設け、客室内にフレッシュな空気が行き届くように窓を大きく取ったのもこだわりの一つです。山の自然を感じるサウナ、水風呂、外気浴スペースは、とても気持ちがいいことがわかっていただけると思います」

大浴場は、1階の「せせらぎの湯」と2階の「こもれびの湯」の2ヵ所。男女入れ替え制で、通常1階は男性用で2階は女性用。宿泊客は翌朝、もういっぽうの風呂に入浴可能で、趣が異なる浴槽や景色が楽しめる。

「サウナ好きのお客様でしたら、1階にはリクライニングチェアを置いているので、サウナの後に外気浴も楽しんでいただけます。野趣あふれる岩露天風呂と、桧の香りと木のぬくもりを感じられる桧の露天風呂は源泉かけ流し。音信川のせせらぎを聞きながら、自然のパワーを吸収していただけたらと思います」

地元の食材を使った「三土料理」で山口の旬を堪能

大谷山荘では、長門の食材をふんだんに使った料理を提供している。

「その土地で採れたものを、その土地の料理法で、その土地で食す〈三土料理〉の哲学を基本に、山海の幸の宝庫でもある長門の旬の食材を使った会席料理をお出ししています。魚介類や野菜は近くの市場から直接仕入れ、なるべく山口県内のものを調達するようにしています。8月は萩のウニがとても美味しい時期で、アジやイカなども食べごろ。地元の新鮮な食材を使うことで、長門の味を体験できます」

夏は、屋外ガーデンプールや山口県の伝統工芸「萩焼」体験などのイベントを開催。川に設けられた川床プランなどもおすすめだ。

「宿から歩いて10分もかからないところに萩焼の窯元があります。夏季限定にはなりますが、当館にて陶芸体験もしてみてはいかがでしょうか。また、川床テラスでは、渓流を眺めながら休息したり、お茶を楽しんだりするのもおすすめです。実は、当館にはパン工房もありまして、弊社のパン職人が夜11時くらいから生地を練り、毎朝、焼きたてのパンを朝食でお出ししています。自家製パンを提供するところは少なくないですが、小麦粉から作っているところはそうないと思います。川の音、小鳥のさえずり、自然を感じる川床テラスで食べるパンの味は格別ですよ」

長門から車で30分ほど行けば、観光地として人気の萩や、日本最大級のカルスト台地「秋吉台」があり、旅の拠点にするには絶好の場所だ。

「歴史や文化に触れるなら萩、アドベンチャーだったら秋吉台がおすすめです。秋吉台の地下100mに位置する『秋芳洞』は、日本最大級の大鍾乳洞で特別天然記念物に指定されています。高さ15mの黄金柱や、棚田のように重なる100枚皿など長い年月の間に形成された自然の造形美も見応えがあり、エメラルドグリーンの巨大な地底湖は神秘的です。洞窟内でマンモスの角が発見されたこともあるんですよ」

川があり、山があり、海があり、豊かな自然に囲まれた長門湯本温泉。

「静かなところですから、神経を休めて大事な人との関係をゆっくり育むには長門の田舎は最適だと思います」

案内人 笹野美紀恵

サウナ・温浴施設プロデュースのほか医療機関と連携し、新しいウェルネスの形を提案している。実家の静岡「サウナしきじ」を“聖地”と呼ばれる唯一無二の存在に育て上げた。

大谷山荘

山口県長門市深川湯本2208

0837-25-3300

https://otanisanso.co.jp

写真 yOU
編集 服部広子