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旅で解放する西川貴教さんと語る滋賀の未来 「琵琶湖の水止めたろか」が映し出す価値観

旅で解放する西川貴教さんと語る滋賀の未来 「琵琶湖の水止めたろか」が映し出す価値観

LIFE STYLE 旅で解放する

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トップアスリート、アーティスト、経営者が通う会員制パーソナルトレーニングジム「デポルターレクラブ」代表の竹下雄真さんが、各界のトップランナーと対談し、旅を通したウェルネスや仕事術、地方創生などのお話を伺う新連載。第2回目のゲストは、故郷・滋賀県のふるさと観光大使として活動するほか、毎年、滋賀県草津市にて大型音楽フェスを開催している歌手の西川貴教さんと、今年7月より、びわこ成蹊スポーツ大学(滋賀県大津市)学長に就任した間野義之さん。滋賀と深く関わりを持つお二人を迎え、「地方創生と観光」をテーマに、地方創生の課題や自身の健康習慣などについてお話を聞きました(全5回の1回目)。

竹下 西川さんは本日(7月20日)、湖西線開通50周年記念事業として近江今津駅で一日駅長に任命され、記念列車出発式に参加されましたが、いかがでしたか?

西川 今月は滋賀に入る日が多くて、先日も、『琵琶湖周航の歌』の100周年を記念する『びわ湖音楽祭』(7月7日)に参加しました。この音楽祭は2017年に始まり、周航の歌の6番まである歌詞の順にゆかりの地をめぐって毎年音楽祭を開催。今年は、最後の歌詞〈両国十番 長命寺〉にちなみ、近江八幡市で行いました。琵琶湖周航の歌というのは、本当に地元の人たちに慣れ親しまれてきた歌で、琵琶湖の東と西を結ぶ「琵琶湖大橋」には、周航の歌の旋律を聞くことができるメロディーロードもあります。

竹下 今津観光船乗り場の脇に建っている歌碑を見てきました。

西川 琵琶湖周航の歌の誕生の地としての記念碑です。僕自身、もともと滋賀の野州市の出身なので、琵琶湖の東側(湖東)の自治体のみなさんといろいろやらせていただいてきたのですが、西側の湖西地域はあまり来る機会がなかったんですよ。今回の湖西線のイベントをきっかけに、こちらの自治体の方とお話させていただけたのは、とても有意義でした。こうして窓から琵琶湖を眺めたとき、湖東育ちの僕にとって、こちら側に琵琶湖が見えるのがすごく不思議で(笑)。

竹下 ものすごく雄大ですよね。

間野 琵琶湖ってね、ビワのような形をしていて、真ん中の最も狭い部分には琵琶湖大橋が架かっていて、それより北側の部分を「北湖」、南側の部分を「南湖」と呼ぶんです。

西川 おそらく、普段みなさんがご覧になっているのは南湖と言われているあたりが多いと思います。そこから橋を越えて、いわゆる北湖と呼ばれているあたりが本当に大きくて、雄大さで言えば、そこが一番ですね。

「琵琶湖の水止めたろか」 滋賀の穏やかさと“余裕感”が価値

竹下 今日の鼎談は、〈地方創生〉をテーマに進めたいと思っています。地域活性化という意味では、まず、地域の魅力を引き出すことが大切だと思いますが、お二人が考える滋賀の魅力とは?

西川 そういう意味では、滋賀は名所旧跡が非常に多いです。なかでも大津市は、比叡山延暦寺などの世界遺産もあれば、国宝、重要文化財なども数え切れませんから。

間野 大津市には、紫式部が『源氏物語』の始まりの地として書いた「石山寺」も、「園城寺(三井寺)」も日吉大社もあって、滋賀県全体の寺社仏閣の数は京都より多いんですよ。

西川 遠い昔の話ですが、飛鳥時代には近江大津に都(遷都667年)が移されたことがあって、近江が栄えたのは遷都の影響が大きいと言われています。奈良時代には、現在の滋賀県甲賀(こうか)市に信楽宮(しがらきのみや・紫香楽宮)という離宮も置かれ、あの信楽焼は、もともと信楽宮に献上するための焼き物だったんですよ。

間野 信楽はそうだったんですか? 知らなかった。

西川 ただ、歴史的な遺産があれば、人が来てくれるかと言うとそうではないです。滋賀って、観光という意味では、お隣に京都があるものですから、観光は一手に京都が担って、滋賀は多少その余波をいただくというスタンスで、よくも悪くも出しゃばらない。「なんでしたら、京都にお泊まりになられて、日帰りで滋賀を楽しまれてお戻りになってくださいな」みたいな、控えめな自治体なんです。でも、それではなかなか滋賀に人は来てくれない。もっと滋賀の魅力をPRしていかないと、観光客はもちろん、移住者も増えないですよ。まずは県民の意識を変えることが一番大事なんじゃないかなあと思いますね。

間野 それについては僕なりの分析があって、琵琶湖の水が真水(淡水)だというのがその要因の一つだと思うんです。琵琶湖って、島が見えたりして、景色は瀬戸内海と似ていますが、瀬戸内海の水は海水です。そこで何が違うかと言うと、日本中が水不足になっても、滋賀県民は水で困ることはないんです。だから、みなさん穏やかで、どこか余裕があるんですよ。

西川 そういうのもあるのかな(笑)。

間野 滋賀の人って、大阪に「滋賀県なんか琵琶湖しかないだろう」と言われても別に気にしない。「そんなこと言うなら、琵琶湖の水止めたろか」という県民ジョークもあるように、本当に琵琶湖の水を止めたら、大阪に水が行かないんですよ。琵琶湖の水が瀬田川、宇治川、淀川と名を変えて大阪に流れ込むんでね、琵琶湖は大阪の貴重な水源なんです。それは京都も兵庫も同じことです。

水をきれいに大切にする 琵琶湖が育んできた環境意識

西川 水の話で言いますと、滋賀県は環境問題に対する取り組みもわりと積極的で、琵琶湖の水を守る活動も昔から活発でした。というのも、今から約50年前、高度経済成長期に琵琶湖の水質がかなり悪化したことがあったんです。その原因の一つが合成洗剤に含まれているリンだとわかり、リンを含む合成洗剤の使用をやめて粉石けんを使おうとか、生活で出る廃油などを使って石けんを作ろうという運動も起こりました。それで滋賀県は、全国に先駆け、琵琶湖の環境を整備する条例「琵琶湖条例」(「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例」)を施行。県の教育委員会は、学校教育の一環として県内の全ての小学5年生が「うみのこ」という学習船に乗って1泊2日で琵琶湖を巡り、琵琶湖の環境や生態系を勉強する「びわ湖フローティングスクール」というのを始めました。当時、小学生だった僕は、そのプロジェクトのスタート世代で、子どものときから環境について学んでいたんだなと思うと、滋賀の環境意識の高さを改めて感じますね。

間野 県民の環境意識の高さを象徴するものとして、2021年(令和3年)に策定された「MLGs」というのもあるんですよ。SDGsに倣って、「マザーレイクゴールズ(Mother Lake Goals, MLGs)」。滋賀独自の、琵琶湖の環境を守りながらみんなで発展していくゴールをつくっていくという、そういう取り組み。琵琶湖を切り口とした2030年の持続可能社会へ向けた目標です。また、琵琶湖清掃の日というのがあって、県民が一斉に清掃をする美化活動も。

西川 7月1日の「びわ湖の日」ですね。県がその日を「環境美化の日」と定めて、7月1日前後には、県内各地で清掃活動が実施されているんですよ。

間野 琵琶湖って、実は川でもあって、法律上は一級河川なんです。100数本もの川が直接琵琶湖に流れ込んでいて、それが最後1本、瀬田川に出ていくのですが、その流れ込む川を清掃するんですよ。

西川 それも条例が制定されてからだと思いますが、琵琶湖の清掃ということに関して言うと、昔からその習慣はあるんです。琵琶湖には漁港が20ほどありまして、漁村のみなさんが独自で清掃を始められたそうで、そういう取り組みが琵琶湖条例へとつながり、今も、びわ湖の日の清掃が続いているんだと思います。琵琶湖を綺麗にしようと思えば、琵琶湖に流れ込む川を綺麗にしなくてはいけなくて、その川を綺麗にしようと思うと、川の水源となる比良山系や伊吹山も綺麗にしようということになる。そういう意識は、滋賀県民はすごく持っていて、とても水を大切にしています。

間野 この今津サンブリッジホテルが建つ高島市の針江(はりえ)地区も水が綺麗なんですよ。

西川 ものすごく綺麗です。で、どんどん少なくなってきていますが、針江地区には、“かばた(川端)”という水文化がありまして、集落のなかをめぐる水路や、その水を利用した洗い場(かばた)のある暮らしが今も残っているんです。針江集落は、琵琶湖西岸に連なる比良山(ひらさん)系に降った雪や雨が伏流水となって、地下10〜20mほど掘ると、こんこんと清らかな水が湧き出てくる。住民は自噴する湧き水を炊事や洗い物などの生活用水として使用するんです。

間野 川の水や井戸水を家の中にパイプで引き込むので、家を建てる前に水を掘る場所を決めるそうです。かばたの仕組みは、地下水から湧き出た水はまず壺池に溜まり、溢れ出た水は端池(はたいけ)に流れ落ちて、さらに水路で近所の家にもつながっています。壺池は飲み水やお米を炊く水などに使い、端池は野菜や食器などを洗う場所として利用され、野菜の洗いかすや食器についたご飯粒などは鯉や鱒(ます)などが餌として食べてくれる。それで、突然の来客があったら、その鯉をさばいてお客をもてなすというふうに、いい形で循環していたんです。

西川 川上の人が川を汚せば、当然、川下の人たちに影響が出ますから、みんなが綺麗に使おうと心がける。みなさんわかっているんですよ、川の最下流が琵琶湖であることを。だから、そういう水の文化はとても大事で、残していくべきだと思います。上下水道の普及や少子高齢化もあり、かばたはもう時代遅れだと言う人も少なくありません。でも、今、逆にこういう地域文化は大切にすべきだという考えも尊重されてきて、かばたを維持する取り組みも始まったところです。

竹下 西川さんもずいぶんお詳しいですね。

西川 地域の特性と紐づけて何かできたらいいなと考えていると、必然的に学ばざるを得ない。それぞれの地域のみなさんと一緒に何かできたらいいですね。

取材・文・編集 服部広子
写真 松村シナ

西川貴教 | にしかわ たかのり

1970年滋賀県生まれ。1996年、ソロプロジェクト「T.M.Revolution」としてデビュー。2018年から西川貴教名義での音楽活動を本格的に始動。2008年に故郷である滋賀県から「滋賀ふるさと観光大使」に任命された。また、県初の大型野外ロックフェス「イナズマロック フェス」を主催し、地元自治体の協力のもと毎年開催している。2020年、滋賀県文化功労賞受賞。2019年にはNHKの連続テレビ小説『スカーレット』に俳優として出演するなど、多岐にわたって新しい挑戦を続けている。2020年と2021年、2年連続でベストボディ・ジャパン日本大会のモデルジャパン部門ゴールドクラスで優勝。2021年1月には50歳を記念した写真集『西川貴教 五十而知天命 ~五十にして天命を知る~』(小学館)が発売した。

西川貴教 写真

間野義之 | まの よしゆき

1963年神奈川県生まれ。1991年、東京大学大学院教育学研究科修士課程修了、同年に三菱総合研究所に入社。中央省庁・地方自治体のスポーツ・教育・健康政策の調査研究に従事。2002年同社を退職し、早稲田大学人間科学部助教授に就任。2009年には、早稲田大学スポーツ科学学術院教授に。2024年7月、びわこ成蹊スポーツ大学第6代目学長就任した。スポーツ庁・経済産業省「スポーツ未来開拓会議」座長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会参与など多数。著書に『オリンピック・レガシー:2020年東京をこう変える』(ポプラ社)、『2019・2020・2021ゴールデン・スポーツイヤーズが地方を変える』(徳間書店)、『スポーツファシリティ・マネジメント』(大修館書店)など。

間野義之 写真