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〝 疫病退散 〟出雲で出会った妖怪!魂が日用品に宿る「一式飾り」。

〝 疫病退散 〟出雲で出会った妖怪!魂が日用品に宿る「一式飾り」。

ENTERTAINMENT 島根県

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江戸妖怪画の大家・鳥山石燕が描いた瀬戸物の妖怪「瀬戸大将」と、ほぼ同じくして現在の島根県出雲市の平田に根付いた、陶器を針金で組み上げる民間芸術「一式飾り」。この関係やいかに?

平田本陣記念館の中にある、陶器の壺や食器を繋げて作られた巨大な一式飾り『おろち退治』。平均的な一式飾りの大きさは30〜40cmほどだが、ここではスサノオノミコトと大蛇(ヤマタノオロチ)の格闘が天井高くまで繰り広げられ圧巻。一式飾りは出雲市無形民俗文化財に指定されている。

似て非なる陶器の神々「瀬戸大将」と「一式飾り」

妖怪を追うと思わぬ繋がりに出会うことがある。下記は筆者が造形した、全身が瀬戸物から成る妖怪、「瀬戸大将」のキャラクター。原画は1784年、浮世絵画家・鳥山石燕(とりやませきえん)により描かれた、日用品に魂が宿った付喪神(つくもがみ)たちが登場する「百器徒然袋(ひゃっきつれづれふくろ)」にある。
 この瀬戸大将に似た民間芸術「一式飾り」が島根県出雲市の平田に残ると聞いてやってきた。石燕が瀬戸大将を描いた少し後、1793年に平田の表具師・桔梗屋十兵衛が、疫病退散にご利益のあった天満宮に御礼として奉納したのが、陶器の茶道具を繋げて作った大黒天だった。以降この文化が根強く残り、商店が店先に大小の一式飾りを展示し、現在も年に一度一式飾りコンクールが催され、小学生は授業で制作することもある。
 さらに調べると日本にはもともと、日用品を素材として別の何かに仕立て上げる「見立て」という造形文化があった。1733年にはすでに大阪で成熟していたという記録もあり、そこから西日本各地に広く伝播したとのこと。瀬戸大将と一式飾りは、この見立てという同じ親から生まれたのかもしれない。

陶器に埋もれる妖怪・瀬戸大将。雲州平田駅近く「平田一式飾り保存会」の1階には多種多様な一式飾りが展示されている。そして倉庫にはおそらく数万の、夥(おびただ)しい数の陶器が累積されており、一式飾りとして生まれ変わるのを静かに待っている。

一式飾りに誘われて辿り着いた木綿街道

雲州平田駅を出ると、まずは左手に平田の見どころが記された大きな看板が立っている。はやる気持ちを抑え、平田一式飾り保存会の建物へ。大きなショーウインドーには武士や機関車など大小の一式飾りが並び、その迫力に圧倒される。そして県道232号をキョロキョロしながら歩くと、なるほど一式飾りが時計店、金物店など商店の入り口で客を出迎えている。一式飾り発祥の地であり、毎年コンクールも行われる平田天満宮(宇美神社)を参拝すると、観光スポットである木綿街道はすぐそこ。江戸末期から明治初期にかけて木綿の集散地として発展した。美しく保存された平田独特の建築様式(黒瓦、格子窓の連なる二階建ての切妻妻入(きりつまつまいり)塗家(ぬりや)造り)のなんとも風情のある街並みにすっかり魅了されてしまった。

中程にある「木綿街道交流館」では、平田一式飾り保存会による初心者向けの体験会が催されているので、食器で作る2時間ほどの灯籠作りに挑戦してみた。簡単に作れると思いきやこれが意外と難しい。まず全てのパーツをワイヤーで縛り、その後パーツ同士を巧みに縛り上げてしっかり固定させる。力任せに締め付けるのではなくコツが必要で、完成する頃にやっと慣れるのがなんとも名残惜しく、大変な手間と集中力が必要だった。また本来一式飾りは、一体作るのに同種の物(茶器なら茶器のみ)しか使えないこと、奉納した後はバラバラに戻すことなどを学んだ。

要所要所で手を掛けていただきながら、なんとか完成した一式飾りの灯籠。美しい中庭に目をくれることもなく集中した時間は思い出に残る。(有料・要予約。制作物は持ち帰れる)

老舗とニューフェイスが同居する木綿街道はそぞろ歩きが楽しい。店先に勇ましい弁慶の一式飾りを展示する『酒持田本店』では、おすすめの日本酒を教えてもらい土産にした。うっとりするような砂糖と生姜の香りに吸い込まれたのは、『來間屋(くるまや)生姜糖本舗』。よく見ると、ここにもレジの奥に大黒様の一式飾りが鎮座する。どの店でも一式飾りの話をすると、子ども時代のことや家族のことに話が及ぶ。最後に立ち寄ったのは、4年前にオープンしたイタリアンレストラン『TRATTORIA814』。島根の素材と内外の食材が使われ、味も雰囲気も満たされるひとときが過ごせる。地元出身のスタッフにとって一式飾りはになじむ当たり前の存在。飾りを追ってやってきたこちらが珍しい存在になってしまった。舌鼓を打ちながら、食器のどこにワイヤーを掛けたらよいかを考えずにはいられない、静かな平田の午後だった。

出迎えるのは一式飾りの弁慶。1877年創業の『酒持田本店』が造る、おすすめの日本酒「ヤマサン正宗」は、酒造りの神様を祀る出雲の「佐香神社」の名を冠した島根県産のブランド米、佐香錦(さかにしき)の純米吟醸。ふわっと香り高く、キレがよい。

創業以来約300年、変わらぬ製法で作り継がれている『來間屋生姜糖本舗』の生姜糖。砂糖と生姜だけのシンプルな味わいだが、島根の生姜はとびきり香りがよい。そのまま割ってお茶請けに。温かいミルクに入れたり、削ってヨーグルトにかけても美味しい。

鳥取出身の店主が日本各地で研鑽(けんさん)を積み、若いエネルギーを感じる土地として木綿街道に4年前にオープンした『TRATTORIA814』。地元島根の食材は新鮮で味も濃い。写真は島根産カマスと焼きなすのカルパッチョと島根産甘海老と白ネギのペペロンチーノ。

森井ユカ

立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、小麦粘土セット『ねんDo!』のディレクションなどを担当。著書多数。

出典:『画図百鬼夜行全画集』鳥山石燕(角川ソフィア文庫)/『一式造り物の民族行事 創る・飾る・見せる』(岩田書院)/『平田一式飾』(平田市一式飾り保存会)/『雲州平田 木綿街道の町屋と町並み』(木綿街道振興会)

取材・文・造形 森井ユカ
撮影 白根正治
編集 中野桜子

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