河童が陸に上がるとやまわろに!? 熊本の妖怪伝説と美食巡りの旅
数千もの伝承の中から、都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、造形作家森井ユカの独自の解釈で創造しました。
妖怪に誘われるがまま旅すると、美味しいもの、きれいな景色に必ず出会える!? ようこそ、空飛ぶ百鬼夜行へ。
熊本に伝わる、山の妖怪やまわろ。人懐こくいたずら好き。勝手に風呂に入るのでご注意を
熊本県南部に生息する山の精。河童が陸に上がった姿ともいわれ、頭には皿がある。背格好は子どもと同じ。人懐こく山仕事を手伝うこともあるがいたずらも多く、勝手に風呂に入ることもある。
御利益:事業発展
夏は河童、秋冬はやまわろ 川と山の精は人が好き
やまわろの伝承地は九州熊本の葦北(あしきた)郡と球磨(くま)郡という説が最も濃厚で、語源は「山童(やまわらわ)」。古くは1700年代の浮世絵画家たちに描かれ、現代では水木しげるによるブロンズ像が水木しげるロードに設置されるなど、クリエイターの創作意欲をくすぐる存在だ。そもそも魅力的なキャラクターで、河童が陸(おか)に上がった姿であり、頭には皿。子どものような背格好で、酒やオコゼと引き換えに山仕事を手伝う。歌が好きだが歌詞がよくわからないし、山小屋にがやがやとやってきて勝手に風呂に入る。そんな、どこか憎めないやまわろを作り、熊本に飛んだ。
伝承地の中心、人吉(ひとよし)の球磨川周辺を訪ねる。ここでは多くの民話や郷土芸能が育まれ、岩手の遠野にも似ているといわれている。球磨川を囲む山々から澄んだ水が注ぎ込み、滝や鍾乳洞などの見どころも多い。熊本県の県指定名勝にも選ばれた「鹿目(かなめ)の滝」は、柱状節理の間に落ちる、見応え十分な滝。滝壺が不思議な青色をしていて吸い込まれそうだ。そして球磨川といえば焼酎。
いくつもある蔵元の一つ、「大和一(やまといち)酒造元」を訪ねた。飲みたかったのが、2020年の球磨川の氾濫がもたらした、球磨川酵母を自然発酵させた玄米焼酎「球磨川(くまがわ)」。明治期の石室で大切に作られた麹(こうじ)を使った、非常に優しい味わいだ。醸造所の中の大きな瓶は浸水にも倒れない対策がなされ、自然への畏敬と感謝の念を持ち、逆らわず、恵みを活かした焼酎造りをしている。
100年もの間使い続けられている、石造りの麹室。
大和一酒造元
焼酎を巡る熊本の美食の陰に良き水と良き料理人あり
やまわろの故郷・球磨郡の山間(やまあい)で訪れたのは、1991年に創業、「山うにとうふ」が看板商品の「五木屋本舗」(本店)。もろみ味噌に豆腐を半年漬け込み、まるでうにのような濃厚な風味に熟成させる。球磨川最大の支流、川辺川の名水と九州産の大豆で作られる、平家の落人(おちうど)の大切なタンパク源として伝えられてきた伝統的な保存食で、800年もの歴史を持つ。ご飯はもちろん焼酎に合うことこの上ない。
オリジナルの山うにとうふに加え、ゆず、しそ、生姜、辛子めんたい味など種類豊富で迷うのも楽しい。
山うにとうふ 五木屋本舗
そして我々は球磨川を下り、熊本の西側へ。港の近くの住宅街の中に開業して14年の「旬彩鮮美香風」は、まるで実家のように居心地のよい、気の置けない懐石料理店。店主は「あまり手の込んだことをせず、素材の旨みをそのまま出している」と言い、熊本の食材を使い、予算と好みで懐石のメニューをその場で組み立てる。希少な地鶏、「天草大王」のタタキを食べに来るリピーターも多いとのこと。前出の焼酎「球磨川(くまがわ)」をはじめ、熊本の地酒が多く揃っているので、時間を気にせずゆっくり堪能したい。
熊本の馬刺しは甘い醤油と生姜で。
馬刺しの赤身とバラ薄。(香風)
旬彩鮮美 香風
帰路、中心地へ。上質なインテリアに囲まれ、モダンな囲炉裏が火を絶やさぬ中で贅沢な時を過ごせる「.know」。創業は2021年、熊本の食材をふんだんに使った和食テイストの創作料理だ。例えば熊本の馬刺しはフォンドボーと醤油、昆布、生しょう姜がを煮詰めたオリジナルのソースと、燻製された牛乳でいただく。素材を活かす独自のアイデアがちりばめられている。4年間赤ワインの樽で寝かせたオリジナルの米焼酎「Aka-daru」が、ここでの食事を最高に盛り上げる。酒好きのやまわろもこっそり訪ねてくるかもしれない。
炎のもとによい香りが漂う至福のとき。
こんな馬刺しは初めて!
阿蘇山に放牧された赤牛のサーロインを薪焼き、骨髄のソースで。
天草のサワラの上には冷凍ものでない新鮮なキャビアを。(.know)
.know restaurant
取材・文・造形 森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、「コネコカップ」「ネゴ」のデザイン、粘土遊びセット『ねんDo!』のディレクションなど。著書多数。12/6~15 東京・代官山「子の星」で展覧会(火曜休)。
参考
『民衆史の遺産第7巻妖怪』谷川健一、大和岩雄(大和書房)
『熊本昔むかし』大塚正文(熊本出版文化会館)
『球磨川と生きる』下田文仁(大和一酒造元)
撮影 原ヒデトシ
編集 中野桜子