オマケのおすすめ『東京/豆腐小僧』
ニッポン全国津々浦々、数千もの伝承があるとされる中から都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、独自の解釈で造形しました。
妖怪に誘われるがまま旅にでかける空飛ぶ百鬼夜行に、ようこそ。
豆腐小僧
江戸期の娯楽読み物「黄表紙」に登場した、夜道に豆腐を持って現れるだけの妖怪。笠を被った子どもの姿であり、お人好しで気弱。他の妖怪にいじめられる物語もある。全国に出没すると想定される。
ご利益:平穏無事
何もしない妖怪はエンタメの申し子
異色の妖怪、豆腐小僧。特に何をするでもなく、豆腐を持って佇(たたず)むだけ。伝承を持たないこの妖怪は、江戸時代後期、純粋に読者を楽しませるために生み出された、キャラクターデザインの原点であるといわれている。何もしないとはいうものの、お人好しで気弱という、妖怪にしては愛すべき性格が幸いし、息の長い存在となった。
諸説あるが1788年に北尾政美(たおまさよし)が『夭怪着到牒(ばけものちゃくとうちょう)』という「黄表紙」(今でいうところの大人向け総合雑誌)に描いた大頭小僧(おおあたまこぞう)が豆腐小僧のベースであり、その後かるたやすごろくなどの玩具絵(おもちゃえ)のキャラとして一世を風靡(ふうび)した。当時蔓延(まんえん)した疫病、天然痘(てんねんとう)を封じ込めるまじないのために描かれた疱瘡神(ほうそうしん)と着物の柄が一致するため、ある種のパロディとしての存在であったという説もある。「黄表紙」の版元が江戸にあったため、東京の妖怪代表とさせてもらった。
明治時代までは時折世間に顔を出すもその後は影を潜め、時を超えて水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』(1986年・週刊少年マガジン)や京極夏彦の小説(2003年〜・豆腐小僧シリーズ)で返り咲き、2011年には映画にもなった。今回、令和版の豆腐小僧を特徴を誇張したうえに妖怪らしい鋭い爪で造形してみたが、やはりどうしようもなくユーモラスで怖さは微塵(みじん)も感じられない。そんな小僧を携え、東京の美味(おい)しい豆腐店を訪ね歩いてみるとしよう。
豆腐小僧の原点、北尾政美が描いた大頭小僧(1788年)。化け物の親玉「見越入道(みこしにゅうどう)」の孫として紹介される。(『夭怪着到牒』2巻 – 国立国会図書館デジタルコレクション)
映画『豆富小僧』(ワーナー・ブラザース)豆富小僧が自分の存在意義に悩みつつ、現代科学発明のトラブルに巻き込まれる壮大な物語。
『豆富小僧』
DVD&ブルーレイセット4,169円(税込)
発売元:ワーナー・ブラザースホームエンターテイメント
販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント ©2011「豆富小僧」製作委員会
東京に根付く豆腐店と東京に現れた豆腐店
謎の妖怪・豆腐小僧が持つのは、その昔あった葉の形が刻印された「紅葉豆腐(こうようどうふ)」で、「買うよう」という音を当てたもの。しかしそもそもなぜ小僧は豆腐を持っているのだろうか……などと考えるのは無粋かもしれない、共に東京らしい豆腐店を巡ろう。
京王線下高井戸駅すぐ、味のあるアーケード街にある「いづみや」。コンパクトな店頭からは想像できないほどのバリエーションに富んだ商品群にワクワクする。ここに来ればきっとおかずに困ることはない。目の前でどんどんなくなり、豆腐小僧も目を回しそうだ。
なんとも味のある小さなアーケード街にある豆腐店「いづみや」の創業は昭和2年。近くに本社工場があり、ここは唯一の直売所となっている。ふっくらとしたおからのドーナツは、ほのかな甘さの中に豆の味わいがしっかり残る。桜エビ、ねぎ、カボチャなど色とりどりの揚げ出し豆腐に心が躍る。
そして今年で創業90周年、代々木上原の「太田屋豆腐店」はグリーンのひさし庇が目印の存在感ある店構え。豆腐店の朝は早い。朝6時、開店準備が佳境を迎える太田屋豆腐店。オープンな店頭なので、往来から仕込みの様子が垣間見える。朝早くから一家で開店準備、豆乳が並び始めると次々と人がやってくる。通学途中の小学生が挨拶していったりと、地元になくてはならない老舗だ。
太田屋豆腐店の絹・木綿豆腐、豆乳、油揚げ。あえて柔らかめに仕上げている木綿豆腐は、そのまま食べるのにも最適な舌触り。
豆腐小僧も息を詰めて見学。大きな鍋、使い込んだ道具から手際よく豆腐が生まれる気温や豆のコンディションによって、材料の配分や時間も変わる。同じ素材でも職人によって味が全く変わるのが豆腐作り。全ては経験によって培うもので、分量で測ることはできない。
恵比寿ではスタイリッシュな豆腐レストラン2軒が迎えてくれる。ストイックな店構えの「豆富食堂」は2021年オープン。おぼろ豆腐や厚揚げなどの定番に交じって、摺(す)り下ろしのチーズがいい味を出している豆腐カツレツなど、オリジナリティあふれるメニューに出会える。お茶も「おから」から作られている。
豆富食堂のメニュー。半日近くじっくりタレで煮込んだ豆腐をご飯にのせた豆腐めし。チャーシューのトッピングもできる。写真2枚目は、左から豆腐カツレツ、豆腐プリン、干し豆腐とカラスミ。
こんなに食べ歩いても罪悪感が全くないのは豆腐ならでは。まだまだたくさんの店が東京にはある。季節が変わるごとに豆腐小僧と出かけてみたい。
さらに居心地のよさそうなカフェ、と思いきやできたての豆腐をテーブルでいただける「空野」は昨年秋にリニューアルオープン。
空野のランチ、絹揚げ豆腐定食。できたての絹揚げはとろけるほど柔らかい。 だし汁が味を引き立てる。豆腐づくしのランチメニューに身も心も軽く、元気よく午後を過ごせそうだ。
夜は、飲める豆腐居酒屋。テーブルで仕上げる空野の名物「空野豆富」が人気。テーブルで火をつけるので、待つ時間もまた楽しい。
森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、 小麦粘土セット『ねん Do!』のディレクションなどを担当。著書多数。
出典:『妖怪萬画2絵師たちの競演』(青幻舎)/『図解日本全国おもしろ妖怪 列伝』山下昌也(講談社)/『黄表紙の解説』(佐賀大学附属図書館 貴重書デジタルアーカイブ)/『日本医史会総会 豆腐小僧と天然痘について』竹原直道(九州歯科大学)/『図説 日本妖怪史』香川雅信(河出書房新社)
取材・文・造形 森井ユカ
撮影 原ヒデトシ
編集 中野桜子