地域猫と共にお酒巡り 湘南最後の蔵元『熊澤酒造』でご当地ビールを堪能
数千もの伝承の中から、都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、造形作家森井ユカの独自の解釈で創造しました。
妖怪に誘われるがまま旅すると、美味しいもの、きれいな景色に必ず出会える!? ようこそ、空飛ぶ百鬼夜行へ。
猫踊り
神奈川県の踊場駅周辺での昔話。夜毎手ぬぐいを盗まれてしまうのは、飼い猫の仕業だった。跡をつけると猫たちが手ぬぐいをかぶり、輪になって楽しそうに歌い踊っていた。
ご利益:交通安全
300年を共に生きる猫と人 神奈川県の知られざる物語
あざみ野から横浜を通って湘南台まで走る地下鉄ブルーライン。その「踊場」駅の名称は、この地に伝わる猫の民話が元になっており、駅の構内、構外を歩けば足跡や壁画、オブジェなどあちこちに猫が見つかる。
昔々、店の飼い猫が毎日手ぬぐいを夜中に持ち出すようになった。不審に思い跡をつけると、なんと大勢の猫たちが手ぬぐいをかぶり輪になって踊っていた。手ぬぐいは彼らにとって重要なファッションアイテム故に、せっせと持ち出していたのだ。それを知った飼い主は、毎日新しいものをそっと準備してあげたのだった……。
化け猫、猫又などネガティブな伝承の多い猫だけに、この平和な民話が心を熱くした。駅の側(そば)にはこの民話をモチーフに、猫の慰霊と交通安全を祈願する古い石碑があるが、なんと元文2年、1737年に造られたもの。猫と人との関わりは長きにわたる。
横浜市営地下鉄踊場駅
神奈川県横浜市泉区中田東1-1
猫との古(いにしえ)の絆をかみしめつつ、鎌倉由比ガ浜の小さな居酒屋「日本酒専門六ノ七」で乾杯。猫を飼う猫派の店主が選ぶ美味い酒が、地元のみならず日本各地からチョイスされ、客席数が少ない分濃厚な時を過ごせる。10種類の酒から3つを選び、おつまみ3種盛が付いて2000円という気軽さ。夜が更ける前に江の島まで足を延ばし、地域猫たちとのひとときのデートを楽しんだ。
日本酒サロン六ノ七
神奈川県鎌倉市笹目町6-7鎌倉笹目座2階
Instagram @rokunonana
大切にされている江の島の地域猫たち。日が暮れてきたら彼らの独壇場、ゆったりと横たわり人間を見張る。
江島神社
神奈川県藤沢市江の島2-3-8
季節ごとに通いたい湘南と鎌倉のとっておき
踊る猫の民話を追って神奈川にやってきたが、もちろん他にも妖怪はいる。茅ヶ崎市香川には、かつて河童が好む清らかな水田がいくつもあった。湘南に残された最後の蔵元、1872年創業の熊澤酒造では、この清らかな水田を未来に伝えるべく、醸造所の側で稲作をすすめ河童をシンボルにした酒造りにも取り組んでいる。
茅ヶ崎市香川にある熊澤酒造の醸造所と直売所。ユニークなラベルのHazyIPAと妻ビール(ゴールデンエール)、どちらも食中酒としてバランスのよいフレーバー。
ここには日本酒、ジン、ビールの醸造所と共に、レストラン、カフェ、ショップなど熊澤酒造による5つの施設が森の中に点在し、えもいわれぬ聖域感が漂う。直販所では10月からクラフトジンのウイスキーバージョンが、12月〜3月には搾りたての日本酒が、ビールは約2週間毎にフルーツやハーブを使った新たな種類が並ぶため、いつ訪れても新鮮な発見がある。
熊澤酒造
神奈川県茅ヶ崎市香川7-10-7
そして熊澤酒造が2022年12月にオープンしたレストラン「MOKICHI KAMAKURA」へ。約90年前に竣工した水道施設(旧神奈川県鎌倉加圧ポンプ所)をリノベーションした広大な空間は、まるで映画のセットの中に入り込んだかのよう。
鎌倉「MOKICHI KAMAKURA」の広大な空間。この日は湘南野菜の「農園プレート」、酒粕クリームチーズのピザ「フロマッジオ」、「厳選豚の湘南ビール煮」を。
ハーブガーデンのハーブと、日本酒メーカーならではの発酵食材がメニューに活かされている。湘南野菜のプレート、酒粕に漬け込んだチーズをトッピングしたピザ、そして湘南ビールで煮込んだトロトロに柔らかい豚肉など、酒蔵ならではの個性が溢れていた。そしてここでは洗練されたインテリアも味のひとつ。とびきり豊かで特別な時間が流れている。
MOKICHI KAMAKURA
神奈川県鎌倉市長谷4-6-12
0467-33-4614
MOKICHI FOODS GARDEN
神奈川県茅ヶ崎市元町13-1
猫に誘われ河童に案内された、とっておきの神奈川の食の旅。これからも妖怪たちについていけば間違いない。
参考 『かながわのむかし話』萩坂昇(むさしの児童文化の会)
取材・文・造形 森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー「ネコカップ」「ネゴ」のデザイン、ポケモンカードゲームのイラストレーション、粘土あそびセット『ねんDo!』のディレクションなどを担当。著書多数。
撮影 五味茂雄
編集 中野桜子