滋賀のおしゃれカフェで信楽焼体験 タヌキのような妖怪の正体は…
ニッポン全国津々浦々、数千もの伝承があるとされる中から都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、独自の解釈で造形しました。
妖怪に誘われるがまま旅にでかける空飛ぶ百鬼夜行に、ようこそ。
フクマカブセ
信楽町(しがらきちょう)多羅尾(たるお)の道を歩いているときにふっと目の前が暗くなることがあれば、それはフクマカブセという妖怪の仕業である。主に川縁や橋のたもとにいて、布のようなものを被せてくるという。
ご利益:身上安全
誰も知らない謎の妖怪が信楽町へと手招きをする
信楽町の多羅尾でふいに立ち眩(くら)みを感じたら、それは妖怪フクマカブセが被(かぶ)さったからかもしれない。何が原因かわからない現象を体現するのも、妖怪の仕事。たとえば身に覚えのない切り傷が、カマイタチによるものだというように。
フクマカブセの地元での知名度は絶望的に低かったが、絵師の創作意欲を刺激する妖怪のため、ネット上には様々な姿で登場する。タヌキのいたずらという説もあることから、筆者は膜のように薄いタヌキの姿で造形してみた。
この妖怪の源流を調べに信楽町の図書館を訪ねたところ、どうやら『年刊民俗採訪3』(国学院大学民俗学研究会・1962年)にあるということがわかった。フクマカブセは川縁(べり)や橋のたもとにいて、白い布のような姿であるとのこと。被せられた人は牢にこもり回復を図るそうだ。多羅尾の滝川に行くと鬱蒼(うっそう)とした橋がいくつかあったので、転倒や落下の注意喚起を込めた言い伝えなのかもしれない。
陶芸「信楽焼」の町 信楽町発祥のタヌキかもしれない妖怪
そんな信楽は信楽焼の名産地として知られ、焼き物店の軒先にずらりと並んだタヌキの焼き物があまりにも有名だ。1951年、同地を訪れた昭和天皇のために信楽焼タヌキたちに旗を持たせたところ、その光景を歌に詠(よ)まれたことがきっかけで大量に作られるようになった。信楽の土は古琵琶湖層で300万~400万年育まれた強い粘りが特徴の粘土。小さなものから巨大な造形まであらゆる形態に変化する。そして我々は現代信楽焼の粋に触れる場所に行き着くのであった。
2017年にオープンした『NOTA_SHOP』に並ぶのは信楽焼の食器だけではなく、花瓶やスツール、オブジェなど非常に多彩だ。信楽焼にこだわらずあらゆる素材で「美」そのものを追求する空間であり、その完成度に息を呑む。店内に溶け込むように自然なギャラリースペースがあり、大きな窯を構える工房も隣接。
店の奥の静かなカフェスペースでは、地元産の朝宮茶を飲みながらこの場所を心ゆくまで堪能できる。あまりにも完璧で、ここはもはやひとつの宇宙ではないだろうか。
焼き物工場をリノベーションしたNOTA_SHOP。手になじむ茶器でゆっくりお茶をいただく。
NOTA_SHOP
美食だけでは終わらない滋賀の旅の深層へ
筆者が作る妖怪も実は焼き物の一種。信楽におけるあらゆる体験ができる複合施設の『Ogama』(おおがま)で信楽焼のワークショップに参加し、平らに伸ばした粘土を用いて大きな酒器を制作した。数百万年の重みと粘りが手に伝わり「「形になるものは何でも作る信楽焼」と称される通り、無限の可能性を感じる手触りだった。
ここにはゲストハウスもあり、宿泊客はなんと信楽焼のバスタブに浸(つ)かることができる。大量生産していた時代の巨大な「登り窯」も迫力の存在だ。
Ogama の敷地内には傾斜地を利用した昔ながらの登り窯が残る。昭和の時代までは数日かけて大量に焼き上げた。
Ogama
信楽焼は美味しい食事にも一役買っている。『土鍋ごはん&CAFE睦庵』では信楽焼の土鍋を使い、自分の席で米を炊き上げる。
米は信楽産のコシヒカリ、大根おろしの大根は畑から朝採りしてくるもの。茶碗と箸置きも客が自分で選ぶ。ここで気に入ったものは焼き物店で探してもらうという、アンテナショップの役割も果たしているそうだ。
炊き上がったお米はふっくらとして艶(つや)があり、どんなおかずにも合う。
土鍋ごはん&CAFE 睦庵
滋賀県立陶芸の森
取材・文・造形 森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー「ネコカップ」「ネゴ」のデザイン、ポケモンカードゲームのイラストレーション、粘土あそびセット『ねんDo!』のディレクションなどを担当。著書多数。
出典
『年刊民俗採訪 3』国学院大学民俗学研究会(臨川書店)
『京都新聞ジュニアタイムズ』2020年6月14日号、マンガ京・妖怪絵巻 第五十八話「フクマカブセ」マンガ:ホリグチイツ
『47都道府県・妖怪伝承百科』小松和彦監修(丸善出版)
取材・文・造形 森井ユカ
撮影 原ヒデトシ
編集 中野桜子