奈良の妖怪べとべとさんと堪能 見た目にも美しいダリア華小路や柿の葉寿司の旅
数千もの伝承の中から、都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、造形作家森井ユカの独自の解釈で創造しました。
妖怪に誘われるがまま旅すると、美味しいもの、きれいな景色に必ず出会える!?ようこそ、空飛ぶ百鬼夜行へ。
姿を見せない不思議な妖怪 足音だけがついてくる、べとべとさん
奈良県現在の奈良県宇陀郡(うだぐん)に伝わる妖怪。夜道を歩く人の後ろで、足音をたててついてくるが、先に行くよう促すと足音は消える。そして誰もその姿を見たことはない。
年に2日だけ花が溢れる大宇陀・松山の華小路
妖怪のほとんどが禁忌や教訓から生まれているが、なかには説明のできない不思議な現象を喩たとえる例も数多い。夜道でふと、誰かがついてきているのでは……と思った経験は誰にでもあるかもしれない。宇陀郡ではこれはべとべとさんの仕業であるとされ、「先へお越し(お先にどうぞ)」と言うと、何をするでもなくそっと消えるそうだ。
これがクリエイターの創作意欲を刺激し、漫画家の水木しげるは丸っこい体に口だけの姿で描き、そのブロンズ像は鳥取の水木しげるロードに佇(たたず)んでいる。筆者は蜘蛛(くも)のように脚が長く、頭には奈良の山葡萄(やまぶどう)を引っ掛けた姿を想像して造形してみた。
江戸時代に栄えた城下町として美しい町屋が並ぶ大宇陀(おおうだ)・松山地区へ、べとべとさんを携えて飛んだ。毎年10月中旬の週末2日間だけ「宇陀松山華小路(うだまっちゃまはなこうじ)」というイベントが催されており、一本の横丁がダリアの花で彩られる。これは宇陀市が全国有数のダリアの球根の生産地であることをアピールするものだが、飾り付けから終了後の花の撤去までに町の人々が積極的に関わるため、地域の繋(つな)がりを深めることにも一役買っている。
歩き始めは色ごとに分けられたダリアが、徐々にモザイク状にミックスされていくというドラマチックな構成にも心が躍った。ここならべとべとさんと一緒に歩いても怖くない。
ダリアの華小路のすぐそば、松山地区に立ち並ぶ町屋で買える、創業明治35年の和菓子店による銘菓「きみごろも」。当時貴重だった鶏卵と砂糖をふんだんに使った、明治時代から変わらぬ門外不出の技法で作られた菓子は、まるで夢のように口の中でふわっと溶ける。(きみごろも本舗松月堂)
堀井松月堂
奈良県宇陀市大宇陀上1988
0745-83-0114
奈良の美意識が創造するカラフルな美食の世界
奈良といえばどうしても訪れたかった、桜井市山田の「手づくり柿の葉おすし山の辺」。この店では奈良の郷土料理として江戸時代から伝わる柿の葉寿司が、11月になると紅葉した葉で包まれる。これには箱を開けた誰もが思わず歓声を上げてしまう。
寿司は店主の大前さんご夫妻による手作りで、紅葉した柿の葉を使うことは、お二人が真っ赤に色づいた山と対峙して閃(ひらめ)いたもの。それまでの流れにはなかった斬新な発想が驚きを持って歓迎された。
山の辺桜井本店
奈良県桜井市山田676-2
0744-45-3675
※2025年の「紅葉柿の葉すし」は11月頃からの販売予定ですが、その年の気候により前後します。購入方法などの最新情報は店舗のFacebookからご確認ください。
そしてフォトジェニックな町屋がひしめく奈良市の「ならまち」、ここは世界遺産である元興寺(がんごうじ)の旧境内を中心とする地域で、江戸時代の末期から明治にかけての町並みを今に伝えている。由緒ある古民家の「粟(あわ)ならまち店」で大和伝統野菜を使った色とりどりのコースを。
[1]卓上には伝統野菜が
[2]かぼちゃ、にんじんなどに本葛を掛けた煮物
[3]なくてはならない大和牛はステーキで
季節の野菜が彩る前菜の盛合せ
歴史ある奈良の野菜を守り続けたいという一心から、この店の本店が生まれた。野菜尽くしの前菜から本葛(ほんくず)を使った椀、大和牛のステーキ、そして奈良の三輪素麺とデザートまでの完璧な構成。席の入れ替えもなくゆっくりと奈良を味わえる。
粟ならまち店
奈良県奈良市勝南院町1
0742-24-5699
最後の夜を飾るのは、希少な大和牛尽くしの贅沢なフルコースがいただける、橿原市(かしはらし)の「#肉といえば松田」。大和牛の特徴は赤身が多く、サシが入っていても重くないこと。ここでは肉を熟成させるため一層旨みが深くなる。特に、驚くべき厚さとその柔らかさに度肝を抜かれたシャトーブリアンのカツサンドは、今まで食べてきたカツサンドの自分史を秒速で塗り替えてしまった。ソースの隠し味は奈良漬とのこと、奈良の食材がとことん追求され、取り入れられている。
[1]大和牛(以下同)の炭焼きステーキ
[2]唯一無二のカツサンド
[3]すき焼きは肉厚のきのこと
[4]肉はベストな状態で熟成されている
#肉といえば松田奈良本店
奈良県橿原市内膳町5-2-40FACEビル2F
0744-24-0029
めくるめく奈良の美食に出会う妖怪さんぽが無事終わり、帰路につく。それではべとべとさん、先へお越し。
取材・文・造形 森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー ポケモンカードゲームのイラストレーション、「コネコカップ」「ネゴ」のデザイン、粘土遊びセット『ねんDo!』のディレクションなど。著書多数。12/6~15 東京・代官山「子の星」で展覧会(火曜休)。
参考
『民間伝承論』柳田國男(民間傳承の會)
『妖怪画談』水木しげる(岩波新書)
『妖怪散歩妖怪たちと出逢う町』水木しげる(やのまん)
宇陀松山観光案内 https://aknv.city.uda.nara.jp/matuyama/
撮影 原ヒデトシ
編集 中野桜子