愛知グルメと絶品うなぎ尽くし 怪談じゃないのに百物語の中にいる妖怪とは
数千もの伝承の中から、都道府県ごとに一匹の妖怪を選び、造形作家森井ユカの独自の解釈で創造しました。
妖怪に誘われるがまま旅すると、美味しいもの、きれいな景色に必ず出会える!?ようこそ、空飛ぶ百鬼夜行へ。
二龍の松
現在の愛知県豊田市にある長興寺の門前にあった、龍のような姿の2本の松。あるときその松の側に現れた二人の子どもが、寺から硯や筆を借り、漢詩を書き留めその場から消えた。その後、寺と住職は末長く安泰に……。
ご利益:除災招福
その歴史300年 好奇心が語り継ぐ百物語
はるか昔、貞享(じょうきょう)3年(1686年)に刊行された『百物語評判』(ひゃくものがたりひょうばん)に認(したた)められたお話。
三河国加茂郡(みかわのくにかもぐん)(現在の愛知県豊田市の大部分がここに入る)の長興寺(ちょうこうじ)の門前にあった2本の松が龍のような姿だったため、二龍松と呼ばれていた。あるとき松の側(そば)に二人の子どもが現れ、硯(すずり)を貸してくれと言う。寺の住職が紙や筆と共に渡すと、この寺と住職は末長く安泰であろう、というありがたい漢詩を書き留め、松の木陰に戻り跡形もなく消えた。
百物語といえば、おどろおどろしい怪談を一つ話しては一つろうそくを消していき、最後には……というイメージだが、これは怖さを感じないどころか、むしろいい話。調べてみると百物語の中には、艶(つや)っぽかったり笑えたりする話も雑多に入っていたそうだ。
筆者の解釈で愛らしい双子の松の精を造形し、現地豊田に飛ぶ。近くには恐竜の骨格を彷彿とさせるユニークな設計の豊田大橋、そして矢作川(やはぎがわ)の向かいには豊田スタジアムを望む、現在の長興寺を訪れた。
話を伺うと、二龍の松と呼ばれる松の木が昔あったということは聞いているが、伝承と関連があるかは定かではないとのこと。途方もない人数と時間のもとに伝わっていった百物語、変化するのも妖怪の常。
気を取り直し向かったのは、豊田の川に点在する“鮎やな”を持つ「川口やな」だった。鮎やなとは川に設えた竹のスノコで、産卵のために川を下る鮎を引き込む仕掛けだ。ここで鮎を待ち構えて掴み取りをするわけだが、やってみるとツルツル滑って逃げられてばかり。思い切りよく掴むのが秘訣なので、小さな子どもたちのほうがよっぽど上手だ。
「やな」に流れ着く鮎を掴み取り!
捕獲した鮎は、あっという間に刺し身や串焼きなどの鮎尽くしの料理になって目の前にやってくるので、えも言われぬ満足感に浸ることができる。
熟練の料理人が焼き上げる鮎は、外はカラッと中はしっとり。(川口やな)
川口やな
食材の宝庫 愛知で極上の食体験を追う
そして妖怪さんぽは豊田を後にして名古屋の街へ。道すがら寄ったのは、愛知の五平餅ならここ!とファンが引きも切らずやってくる「びっくりや」。
手のひらほどの大きな五平餅。右からきなこ、醤油、味噌。どれも味わい深い。
餅は柔らかく大きめで、醤油、きなこ、そして名古屋風の甘い赤味噌風味がある。鮎をたらふく食べた後でもするすると胃に入ることにまさにびっくり。
びっくりや
名古屋市内はめくるめく美食の街。飲食店がひしめく風情ある四間道(しけみち)にオープンした「京道とよおか」のランチでは、うなぎを中心にした約8品ほどのうなぎ尽くしコースが、そして夜のアラカルトでは季節ごとのあらゆる海と山の幸が楽しめる。
ランチのうなぎ尽くしコースでは、好みの食べ方にアレンジできる。蒲焼きのままでも、茶漬けでも。
活きのいい鮎も芸術のような一品に。(京道とよおか)
食材はもちろん店内の壁には、店主の出身地から取り寄せた天草陶石を使うなど、こだわり抜かれた心地よい空間だ。
京道とよおか
高岳駅近くに2024年4月に開店したカウンターイタリアン「sincerita(シンチェリタ)拓」では通年、特別な環境と飼料で飼育された名古屋コーチンがコースメニューに入る。
極上名古屋コーチンの各部位の旨みを全て閉じ込めたガランティーナ。隠し味には八丁味噌が。
天然の稚鮎に、細く刻んだパスタ生地を纏わせフリットした逸品。鮎の季節にぜひ。旬の仕入れで日ごとにメニューが変わる。
目の前のサイフォンでは「コーチン節」を使った極上の出汁(だし)が煮出され、美濃焼の器で堪能できる。
夜11皿のコースのみ、愛知出身でイタリアにて修業を積んだシェフの盛り付けは繊細で美しい。世界から取り寄せた230種類のワインからペアリングも楽しめる。
川と山の恵みが集まるニッポンの真ん中、愛知県。名古屋の夜はまだまだ終わらない。
sincerita拓
取材・文・造形 森井ユカ
立体造形家/キャラクターデザイナー「ネコカップ」「ネゴ」のデザイン、ポケモンカードゲームのイラストレーション、粘土あそびセット『ねんDo!』のディレクションなどを担当。著書多数。
参考 『続百物語怪談集成』
校訂 太刀川清(国書刊行会)/『郷土史料(復刻版)上方第3巻(下)』上方刊行会(新和出版社)
撮影 原ヒデトシ
編集 中野桜子