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ヘルシーカツ丼、ケールフォカッチャ…進化する機内食誕生物語~翼の流儀

ヘルシーカツ丼、ケールフォカッチャ…進化する機内食誕生物語~翼の流儀

ANA REPORT 翼の流儀

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「完成まで、試作を何度繰り返したかわからないほど、大変でした」。「ANAFuture Promise」というスローガンのもと、ANA の機内食は美味しさだけでなく、サステナブルの観点でも変化を続けている。冒頭の言葉は、新たな容器の開発に関わった担当者のもの。現在進行形で進化を続けている、機内食の開発の裏側に迫った。

「ANA は2年前から『ANA Future Promise』というスローガンを掲げ、全社的にサステナブルを意識した取り組みを行っています。そこは、私たちが担当する機内サービスの分野においても、目を背けることなく向き合わねばならない課題だと考えているんです」
ANAの機内食を作っているANAケータリングサービス(以下、ANAC)川崎工場。その一角にあるキッチンで、CX 推進室商品企画部の中谷俊は、こう語気を強めた。
彼の言葉どおり、ANAはグループ一丸となって、持続可能な社会の実現を目指し、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」に配慮したESG経営を推進している。
その代表的な取り組みの一つが、本誌1月号でも紹介した持続可能な航空燃料、SAFの活用。新時代の航空燃料導入で、ANAはCO2排出量の大幅な削減を試みている。
いっぽう、中谷の言うように機内サービスでも、さまざまな変化を起こしている。それは、私たちが飛行機を利用する際の楽しみの一つ、機内食にも。

美味しさを追求した

「弊社では幅広い層のお客様の好みや食習慣、食事制限などにも対応し、すべてのお客様に機内食を楽しんでいただくための〝食のユニバーサル化〟を進めてきました。その一環として生まれたのが、この植物由来の代替食材を使用したヘルシーなカツ丼です。開発には半年以上の時間がかかりましたが、そのかいあって、一般的な豚肉のカツ丼と比べても遜色ない美味しさに仕上がったと、自負しています」
中谷と同じCX推進室商品企画部の龍神早紀は、こう言って胸を張った。
使用したのは、おからとこんにゃくを原材料とした代替食材。低脂質、低カロリーで食物繊維が豊富と、良いことずくめの健康食材だ。
実際の開発を担当したのが、ANAの和食料理長を務める森誠剛だ。

機内食を作り始めて 13 年目の森。いま、機内でマグロの刺身が食べられるのは、彼が工夫した解凍方法の賜物

「私たちが目指したのは、それを口にしたお客様に、違和感を覚えることなく、『美味しいカツ丼だね』と召し上がっていただけること。そのためにカツの厚さ、衣の厚さ、食感、それに、揚げる油の温度など、試行錯誤を重ね細部まで徹底的にこだわって調理しました」
こだわり抜いたのは、カツだけではない。じつは、カツ丼のご飯にも仕掛けがあった。こんにゃく米が 50%も使われているのだ。
「何パーセントまでこんにゃく米を使えるかというところで、まず試作を重ねました。『50%で行こう』と決めてからは、今度は味の問題に直面して。白いご飯を噛み締めることで本来、味わえる甘味や旨味が、こんにゃく米ではどうしても出ない。そこで、全体の味付けを工夫することにしたんです。カツとご飯を一緒に召し上がっていただくと想定し、たれを甘めにするなど、トータルで味を整えています」(森)

「ヘルシーカツ丼」。搭乗客にも大好評で、ヘルシーなのに美味で、おかわりする人が続出しているという

果たして、誕生した「ヘルシーカツ丼」は、カロリーは 43%オフ、糖質にいたっては 54%オフを実現。ダイエット中の人も気軽に食べられるこの逸品は、1年前の昨年 3 月から国際線ビジネスクラスで、軽食メニューとしての提供がスタートした。龍神は言う。
「おかげさまで、お客様にも大好評です。『お肉じゃないなんて、言われなければわからない』というお声を多数いただいてます。なかには『ヘルシーで美味しいから、つい2杯も食べちゃった』という方も。それもこれも、まったく新しい食材の、制約の多いメニュー開発にも、前向きに挑戦してくださった森さんら現場の人たちのおかげです」

「ヘルシーカツ丼完成までの半年間、ものすごい数の試作品を食べました(笑)」(龍神)

一風堂と機内用に共同開発した「プラントベースラーメン~プラとん~」。ビーガンやベジタリアンの乗客にも食べられるラーメンとして好評を博している

いっぽう、08 年からANACは、機内食の調理過程で出る生ごみなどの食品残渣を 100%、堆肥や飼料にリサイクルしてきた。そして、昨年の年初からは、さらに踏み込んだ取り組みも。こちらも、CX推進室商品企画部の龍神が担当だ。
「ANACの工場からは、1年間に 25 メートルプール1杯分もの残渣が出ます。
それをすべて、堆肥や飼料にしてきました。このたび、私たちはその堆肥で育てた野菜を機内食に活用するという、いわゆる循環型の仕組みを実現しました」
機内食に用いたのは、千葉の農場で生産しているソフトケールだ。
「ケールと聞くと、どうしても青汁をイメージされて、苦味を心配する方もいると思います。でも、機内食として採用したソフトケールは、栄養価はそのままで、味はとてもマイルド。私どもはこれを、ミックスサラダの食材の一つに採用しました」
ヘルシーカツ丼と同じタイミングでデビューしたソフトケール入りのサラダは、国際線のエコノミークラスに。評判は上々だ。
龍神たちは、さらに自社の取り組みを周知したいと考えた。そこで、自家製の酵母を使って一つずつ手作りで焼き上げ「美味しい」と高評価を得てきたパンに、ケールを使うことを企画する。
現場で開発の任にあたったのが、ANAのペストリーシェフ・相田紀昭だった。
「ソフトケールとはいえ、やはり青臭さと苦味は気になるところでした。現在、私たちはバゲットやバターロールなど、52 種類のパンを焼いています。それぞれに、分量を少しずつ変えながらケールのペーストを混ぜ込んで試した結果、もっとも美味しく焼き上がるとわかったのが、フォカッチャでした」
相田いわく、フォカッチャに使用するオリーブオイルに、ケール独特の風味を和らげる効果があったという。

ケーキなども担当する相田。「制約も多いですが、自分への挑戦と受け止め、楽しみながら開発しています」。

「研究のかいあって、ケールの風味や、緑の色合いも残しつつ、一緒に召し上がっていただく料理の味も引き立てる、そんな美味しいパンが焼き上がりました」完成したのは、その名も「ケールフォカッチャ」。国際線のファーストクラスとビジネスクラスで昨年9月から3ヶ月間、提供された。

機内食調理過程で大量に出る食品残渣。それを加工した堆肥を使って育てられたソフトケールを、ANA はミックスサラダやフォカッチャにして機内食で提供。循環型の仕組みを実現した。今後、どんなメニューが生まれるのか期待大だ。

繰り返し、テストを行った

サステナブルに変わりゆく機内食。変化はメニューや食材に限ったことではない。前出の中谷は、現職に就いた3年前から、機内サービスで用いる使い捨てプラスチックの削減に取り組んできた。
「まず、取り組んだのが、機内食の容器やカトラリーです。それを、プラスチックから紙製や木製のものに変えていくのですが……、この取り組みを始めて、苦労を重ねるなかで、改めてプラスチックというものがいかに便利だったかを、思い知らされています(苦笑)」
なかでも苦労したのが、国際線のエコノミークラスで提供してきた機内食のメインディッシュ用の容器だった。
「植物の繊維を配合した紙製のものに変更したのですが……。完成まで、試作を何度繰り返したかわからないほど、大変でした」
国際線の機内食は機内でヒーティングし、熱々の状態に。この急激な温度変化が紙製容器の〝天敵〟だった。
「紙の繊維は温度変化で伸縮するんです。冷凍すればギュッと縮み、加熱すれば大きくなる。結果、試作品のなかにはフタが緩くなったものや、キツくて開かなくなったもの、歪んでしまったものもありました。あと、紙なので料理のソースが染みて変色してしまうことも。もう、プラスチック容器なら考えられなかったようなことが、次々起こり泣かされました」

「私用で入ったカフェでも、プチ実験。あえて飲み物を残して、紙製ストローの変化を観察してます」(中谷)。

搭乗客のなかには眠ってしまったり、通常の提供時間に食べられない人もいる。
そういう人が後から食事をとる場合、CAは機内食を温め直すことに。そんなケースも念頭に、中谷たちは、二度、三度とヒーティングを繰り返しても問題のない容器を追求していった。
「試作品を100個並べて、実際にハンバーグなどの料理を入れて、冷凍、加熱を繰り返しテストします。97 個目までは大丈夫だったのに、98 個目のフタが緩くて、また一からやり直し、なんてことも。キッチンの床にハンバーグをぶちまけてしまったこともありました。心が折れそうになりましたよ」
苦労したのは、中谷だけではない。器の素材変更は、メニューを開発する森たちの仕事も、大きく左右することに。
「水分量が多いものはどうしても染みやすいので極力、汁気のあるものはメニューから外すなど、配慮しました。それと、器とフタの結着具合。しっかり強くした試作品を作ってもらっていたんですが、開けたとき、料理がフタのほうにくっついてしまうことも多々ありました。フタの内側にコーティングを施してもらえば、問題は解決すると思いましたが、コーティングの素材がプラスチックで……、それでは本末転倒ですからね」
さらなる問題は、従来のプラスチック容器よりも、紙製の容器は割高になる点。
森も「そこがいちばんのハードルだったかも」と話す。
「機内食に掛けられる予算が決められている中で、いかに美味しく、お客様にご満足をいただけるものを作ることができるか、そこがいちばん大変だったかもしれません」
こんなふうにこぼしながら、それでも森は笑みを浮かべてみせる。そこには長年、機内食を作ってきた者としての矜持がある。
「機内食ってそもそも、たくさんの制約があるんです。冷凍や冷蔵、加熱を経て提供するのが大前提。こぼれやすい汁物には必ずとろみをつけないとダメ。大きさの決まった器のなか、料理の盛り付けにも限りがある。実際に料理を提供するCAの手間の数も考えないといけない……。そんな、たくさんの制約のなか、これまでも私たちはメニューを開発してきました。だから、サステナブルへの対応といわれても、ハードルが一つ増えたぐらいのもの。さほど苦労したとは思っていない。むしろ、やりがいを感じています」
森の言葉を隣で聞いていた中谷は、恐縮しきりだ。
「本当にそうなんです。企画担当の私たちは、森さんたち調理を担う人たちに毎度、無理難題を押し付けるわけです。それでも皆さん、渋い顔をしながら、最終的には美味しい機内食を作り上げてくださる。そこは本当に頭が下がります」
彼らの苦労の末にあるもの、それはまさに、持続可能な社会だ。

撮影/水野竜也 取材・文/仲本剛